02:ノクス・ウル・アーベントという名の魔法使い

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そして冒頭に戻る。

元々ほの暗い森の中にもかかわらず、少年が呪文のようなものを唱えた瞬間、あたり一面夜空のような暗闇が広がり、そしてモンスターは砂でできたオブジェが風でさらわれていったかのように崩れ落ちた。文字通り滅ぼされたのだ。先ほどまで食い殺そうと思っていた少年に。

へたり込んだナジュムに、少年は樫の杖をぎゅっとにぎり、しかし穏やかに近づく。
モンスターが消えたと同時に先ほどまでナジュムの視界いっぱいに広がっていた夜空は少年の元へと収束していった。綺麗だが恐ろしい。少年の魔法に対する第一印象は畏怖と美しい光景に心が震えるような感動だった。

―あれは魔法だ。

魔法というものをあまり見たことがなかったナジュムはモンスターへの恐怖から徐々に目の前の少年へ興味が移っていった。まだ少し膝から下が震えるが、自身を起こそうと差し出してくれた少年の白い手を握り返し立ち上がるぐらいには立ち直っている。

少年はカタカタと震えながら自分の手の中に納まっている樫の杖を投げた手を見つめ、ふっと笑った。そこで改めて、ナジュムは目の前の少年の風貌をまじまじと見る。

ほの暗い森の中でもキラキラと輝くシルバーブロンドの髪、まつげも眉毛も全て透き通っており、目も血のように紅い。

どうやらアルビノのようだ。

先ほどモンスターに踏みつけられていたせいか、少し土ぼこりがついたフードつきのローブを着ている。手にナジュムが投げた杖を持っているせいでいかにも魔法使いです、といったような服装をしていながら、さらには杖を一振りして全身の土ぼこりを落としたものだから、もうどこからどうみても魔法使いなのであった。

「そんなに見られると照れちゃうなあ」

「ご、ごめんなさい!」

笑みを浮かべたままの表情の目を見上げる。・・・笑ってるのに笑っていないような、そんな目元を不思議に思いながらも、今までひとりだった心細さと魔法使いの少年に出会った感動に気をとられていたナジュムは、そのままその少年と森を歩いていくことになった。

「僕の名前はノクス。ノクス・ウル・アーベント。しがない魔法使いさ」

「俺はナジュム!ナジュム・アステール。ここから南にあるガルブ村からやってきたんだ!それで、えーっと・・・簡単に言うと迷子かな」

ナジュムは歩きながらとにかく話した。
ボロボロの剣を聖剣に見立てて勇者ごっこというなの肝試し―という名のいじめでこの森に追い立てられたこと。
うんうんと頷きながら話を聞いてくれるノクスが自身のことを一切語らないこととその意味に全く気づかずに延々と話し込んだ。

このナジュムという少年は根っからのいじめられっこなのだ。

それは気性の弱さや争いごとを好まないといったところや、そのくせこうと決めたことはどんないじめっ子や大人相手でも譲らないといった芯があるため、余計に反感を買う。

だが彼は基本的に人懐こくそれなりにおしゃべりだ。村の同い年の子や自分をいじめてくる上の子たちとは違って丁寧に聞き、頷き、時にわあと驚き、緩やかに表情を変えてくれるノクスに嬉しさも一入(ひとしお)だった。

散々迷って疲れ果て、さらには少し前に感じた恐怖でガクガクと震えていた脚の辛さも忘れてズンズン歩きながら話した。ノクスもナジュムに続いてずっと歩いた。

そして太陽が徐々に傾き森が更に深く暗闇に身を潜め始め、ナジュムが自身に向かってあれそういえばどこに向かって歩いてるんだろうと思った頃、ノクスは木々に覆われ一際暗くなっている崖の空洞の前で立ち止まる。
そしてにこやかにナジュムを見た。

「そういえば、ありがとう、杖を貸してくれて。これがないとまだ死なせちゃうからね。」

「いえい―・・・え?」

ナジュムは言葉の真意がわからなかった。
その疑問から先ほどまでの朗らかな会話が一変、空気が固まる。ノクスの唇は冷ややかに笑った。

「人間を。」

へらりと笑い返したナジュムの頬が引き攣った。ノクスはようやく笑顔が消えて言葉に詰まったナジュムに満足して杖の先を揺らす。そうして完全に理解しきれていないナジュムを放置して紅い瞳を横に流した。

「ああ、訂正しよう。人間だけが対象じゃないんだ。力の制御ができなくてね、それどころか全ての生命を死なせてしまうんだよ。だからあの時君は実は二重の理由で今際の際にいたのさ。―君があの時逃げていたらモンスターではなく僕に殺されていた。いや、確実に先にモンスターが殺しに行っていただろうけど僕は人間が目の前で汚らしく死なれても困るからね、まあかといってむやみに人間を殺すのは禁止されているし・・・ってそんなことはどうでもいいか。」

「殺さ・・・汚らしく・・・?え??」

「まあとにかく。仕方ない、目の前の奴が巻き込まれても僕のせいではないさ、なんて思っていたんだけどね。でも君は僕に杖を貸してくれた。・・・だから君は今こうして生きているし、人間嫌いの僕でもこうやって普通に会話してるのさ」

先ほどまでナジュムの話を黙って聞き続けていた反動か、より饒舌に長々と吐き出させるノクスの言葉の半分、いやそれ以上のことをナジュムは理解できなかった。立場が逆転した二人の間に、しめった重たい風と生臭い空気が漂う。

「話を聞いていたところ君はどうやら実に実直で愉快な人間だ。いじめられるのも納得してしまうよ。ただ僕にとって君のようなものは多少好ましい。君はきっとこの僕がとんでもない性悪で人間嫌いだと知った後も、その愉快さゆえにこれから君に望むことを拒否することなく承諾してくれるだろう。だからこれからとても大事なことを話そうと思うのだけれど、聞いてくれるかい?」

しかし周りの雰囲気とは打って変わって、困ったように眉を下げて問うその表情に、言葉の意味を理解するまでもなくナジュムは頷いてしまった。

彼は困った人を放り出すことができない部類の人間なのだ。
たとえ相手が自分をボロクソに言っていようと―この場合ナジュムは突然のことに混乱しすぎて反射的に頷いてしまったわけなので、自分が相手に何を言われているか理解していたならばわりと怒っていたであろうが―とにかく、頷いてしまった。

まだ村のいじめっ子のような低レベルな子どもにしか出会ったことのなかったナジュムは、自分と同年代であろう少年がそこまで性悪に見えなかったし、難しい言葉を使いなんだかとても他人を下に見た話し方をするが、それでも悪い人間には見えなかったのだ。

つまりナジュムは馬鹿なのである。

「わあ、ありがとう。僕は馬鹿は嫌いだけど自分にとって都合のいい馬鹿はそうでもないよ」

「え?(馬鹿?)あ、ありがとう?」

「ふふふ、君ってば本当に好ましいね!」

正直に馬鹿とののしられても混乱しているためか素直にお礼を言ってしまうあたり、本当に彼は馬鹿なのだった。

鈴を転がしたように笑うノクスは樫の枝の先で二人の間にある洞窟をさす。先ほどからあたりの雰囲気を重くさせている生臭く湿った空気を垂れ流しっぱなしでいる洞窟だ。ノクスの衝撃発言に他を気にする余裕のなかったナジュムは、そこでやっと洞窟の存在を認識した。

周りが草木に覆われてはいるが、そこだけぽっかりと口が開いているような空洞は、ただでさえ暗い森の中では先が見えない。

ナジュムたちから見える入り口には、足を踏み入れれば馬の皮とユニコーンの加護が施された靴でも多少は足の裏が痛むだろうゴツゴツとした大きな岩肌に、休憩がてら手をつこうなら指先が切れそうなほど鋭利な石が沢山転がっている。
そして本来なら洞窟の入り口さえも覆うほど生い茂っているはずの木々や草の蔦たちは、不自然なほど洞窟と同じ広さに押し広げられている。
それは何者かが洞窟に定期的に出入りしているという痕跡だった。

「・・・・」

ナジュムがよくよく足元に目を向けると、踏みつけられてひしゃげた太い蔦科の植物がそれでも洞窟の岩たちに絡みついているのが見えた。
―普通の人間では踏んでも足跡ひとつさえつかないような、赤子の腕ほどある太さの蔦がひしゃげている。嫌な予感がした。

「どうしたんだい?君、僕の話を聞いてくれるといっただろう。君は一度承諾したことを勝手に拒否するのかい?」

にこにこしているはずがニヤニヤと聞こえてきそうな笑みを浮かべながらノクスは続ける。

「まあいいさ。僕が君の命を助けたのはあくまで結果論であって、それを選んだのは君の勇気ある行動さ。だから前言撤回してもいいんだ」「いや!」

だがくい気味に発せられたナジュムの言葉に、ノクスは次に続けることができなかった。
笑みを貼り付けたままナジュムを見るノクスの目が、おびえているはずの少年の瞳がキラキラと輝いているのを捕らえる。

「俺は嘘はつかない!だからノクスくんの話、ちゃんと聞くよ」

いじめられっ子で弱虫でなよなよして、かと思えば逃げずにモンスターに立ち向かったりどうみても怪しい人間に対して物怖じをしない。
なるほどやはり、これはいじめをするような輩たちからすれば腹が立つ部類の人間だろう。
延々とナジュムの話を聞いていてただの実直な馬鹿でいじめられやすいだけの人間だと考えていたノクスはふむと彼の評価を改める。馬鹿は馬鹿でも本当に好ましい馬鹿だ、と。

「そう・・・どうでもいいけど足が震えているよ、君」

こ、これは武者震いだよ!ああどんな話が出てくるのか楽しみだなあ、できれば怖くないのがいいなぁ~あの洞窟に入るとかそういうのじゃなくて、この森実は妖精が沢山でお花畑も沢山あるとかそういう話が・・・」

ガクガクと膝を震わせて早口にまくし立てるナジュムに、その評価は再び崩れ始めたが。馬鹿は馬鹿でしかないのかもしれない。
人間嫌いのノクスはそう思い直して、樫の杖で地面をコンと叩いた。
そして耳を澄まして聞いても吐息としかわからないほどの細い息で呪文を唱える。

すると微弱ながらに地面が揺れ始め、ナジュムはそれに気づかないまま、しかし不穏な空気がいっそう濃くなったことは察知したのかあたりをきょろきょろと見回した。

「うふふ、馬鹿なのに勘が鋭いのはとても良いことだ。」
「へ」

次第にナジュムにさえわかるほど振動が強くなる。地震のようにぐらぐらとしたような揺れでなく、縦揺れが強化されたような定期的にズシンズシンとあたりに響く揺れだ。まるで足音のような―とナジュムが冷や汗を流しているところにノクスは人に好かれる笑みを浮かべてお願いを口にする。

「君の言うとおり、僕のお願いというのは一緒にこの洞窟に入ってもらうか」

ギャアアアアアア!!!!
ナジュムの悲鳴ではない叫び声が二人の間を吹きぬける。いや、ナジュムも絶叫してはいたのだが、突風かと間違うほどの鋭さと鼓膜を破かんとする声量は少年の頼りない悲鳴とは比にならないほど凶悪だった。

「この洞窟の主を僕が殺してしまわないようにそばにいてもらいたい、というものなのさ」

淡々と話を続けるノクスの言葉などもはや聞こえるはずがない。

樫の杖が指した洞窟の入り口からぬうっと現れ叫んだ主―人の手のひらほどある牙が鮫の歯のように口内にびっしりと生え、引っかかっただけで羊の胴を真っ二つにしそうな鋭利な爪を身につけた四本の手で洞窟の端と端を引っつかみ、そして全身鋼と見間違うほど硬そうな鱗に覆われた骨ばったドラゴン―ナジュムいわくホネボキドラゴンの獲物の骨ボキボキ言わさなくても簡単に切り裂き殺せるキリサキドラゴンが、二人を鋭い眼光で睨んでいたからである。

「へ、ひ、ぃ、あわ、あわわわああぁぁぁ・・・」

情けない声で地面にへたり込んだナジュムとは対照的にワクワクと表情を輝かせ両手を広げるノクス。実にほがらかな笑顔で樫の杖を振り上げた。

「さあ君、僕が本物の魔法使いになるための試練に手を貸してくれたまえ!大丈夫、この杖さえあればある程度威力は落ちるし、君というけして無闇に殺してはならない人間がいれば僕だって何も殺さずに魔法の制御はできるさ!」

「イッ、イヤーーーーーーーーッッ!!!!!」

かたや笑顔、かたや鼻から目から口から涙も何もかも垂れ流し。
そんなことなど関係なく、ドラゴンは熱く生臭い鼻息を二人に吹きかけるのだった。

ノクス・ウル・アーベント
人間嫌いの強力な魔法使い(仮)。
魔力が強すぎるゆえに杖などの制御装置がないと全ての生命を奪ってしまう。
杖があれば魔力出力は下がるので、一定の距離が離れた生命は殺さずにすむ。

 

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