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悪ノ化身 4

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騒然とした場ですぐさま動いたのは双子の店主だ。
戸惑いどよめく客に向かって「逃げろ!」と大声を張り上げると店の裏口をあけて避難を促した。その瞬間、黒い男が一歩足を踏み出す。

 

「・・・見つけたぞ・・・ようやくだ、ようやくこの日が・・・」

 

ぶつぶつと低く呟く男の左手に掲げられた大剣は鋭い。ボロボロの黒布に巻かれた鞘から現れたのは男の雰囲気に似合うほど恐ろしく磨がれた刀身だった。

 

「やっこさんやる気だぞ~?どうする、ヴァン」

「どうもこうも・・・」

 

条件反射ですぐに立ち上がってその声に続く者もいれば、未だ状況が飲み込めず席を立ったまま固まっている者、その腕を引く者、悲鳴をあげる者、様々な反応の渦に巻き込まれ混乱する中、ヴァンとヴィルヴァーレは至って冷静だった。
赤い瞳が刺すように己を睨む様子にも怯まないヴァンが、ヴィルヴァーレに依頼書を見せる。その指の示す先を見て、ヴィルヴァーレは思いっきり笑った。

 

―懸賞金 100万G―

 

「そこ気にするのかぁ?お前にしては珍しいじゃないか。」

「食費が浮く。」

「気にしてくれてるのは嬉しいな!感謝する!だが人間は」

「殺さない。わかっている。」

 

二人の会話が気に障ったのか、バキィ!と男の右腕が店の扉を粉砕した。店内から半数以上の客が逃げ、人がつっかえた店の裏口だけでなく適当に空いた窓からさえ誰も彼もが逃げ惑っている中、ボードの前で暢気に会話している二人はよく目立つ。
それでなくても男はなぜかヴァンに注視しているので、余計に彼らの言葉は耳に入るのだろう。

割と丈夫な木材にこぶしがめり込み、戸に打ち付けられた蝶番や釘が飛び散る中、男が一歩踏み出す。
と同時に、「笑ってないで早く店守ってくださいよォ!」と悲鳴をあげたジェメリにやっと二人は顔を上げた。

 

「まあ、まずは理由を聞くことが一番」
「店!!!」
「おっとすまん!まず最初に大人しくさせないとな」

 

背後から飛んできた怒号に肩をすくめる。
ヴィルヴァーレを怒鳴りつけたまらないといった風に壊された戸を見つめるジェメリの隣では、男の顔に向かってジェミオスが酒瓶を投げていた。

店の敵と言わんばかりの形相で投げつけはしたが、その手に選んだものは店の中で一番安い銘柄の酒だったので彼は店主の鏡と言ってもいいだろう。

だがしかし、眼前に迫った酒瓶を軽く一刀両断した男は、次の瞬間床に足をめり込ませると彼らの視界から消えた。

 

「見つけたぞ!!!」

「何の話だ」

「ああ床が・・・ッ!!」

 

もう一度上げられたジェメリの悲痛な声とともにメキリとヴァンの足元から発した音。男の白刃を咄嗟に剣を抜いて受け止めたが、重い剣撃に耐えられる木の床ではないのだ。
二度三度男の太刀を受けるたびに激しい金属音に混じって損壊していく床の悲鳴に、双子の嘆きが店内に響き渡る。

 

「勇者、勇者・・・勇者ァ!!」

 

だが古びた家を改築しせっせせっせと酒場を営んできた双子の心境など知る由もなく男はヴァンに向かって振り上げる剣を止めはしない。ヴァンも剣を受け止めないよう回避を試みるが、血走った眼で自身ばかりを執拗に狙われ、避ければカウンターやテーブルなど余計に店が壊れるのではどうしようもなかった。

 

「ヴァンくんいつの間に勇者に転職したのだね。私たち、何でも屋でやっていこうと誓ったじゃあないか。」

「知らないな。お前だろ。」

 

上からの攻撃ではどれだけ体重をかけても意味がないと思ったのか、男が剣先の軌道を変える。大きく体を捻って横薙ぎに切りつけてくるのを大きく後ろに飛び跳ねて避けたヴァンは、カウンターの上でヴィルに受け答えしながら、今度は腹部を狙って突いてきた剣を蹴り上げた。

器用に剣の平らな部分を蹴られた男の体が揺らぐ。鋭い下からの衝撃に不意を衝かれたこともあって後ろへ傾いた男が体勢を立て直す前にヴァン・・・ではなくヴィルヴァーレが隙を衝いた。

 

「こら~刃物は振り回しちゃ駄目だぞ~。」

 

「がっ!!」とも「ぐっ!!」とも聞こえる声を最後に男の体が中を舞う。前に進もうとする男の意志に反して思い切り首の根を掴んだヴィルヴァーレが、そのまま後ろに勢いよく投げ飛ばしたのだ。
攻撃ともいえないものではあるが首の骨が折れかねない強さだ。

入店時に破壊した出入り口から綺麗に飛んでいった男の姿。
カウンターの上で男に反撃しようと剣を構えたままのヴァンはそのまま動きを止める。手をパンパンと叩くヴィルヴァーレを見下ろせば、いい笑顔が返ってきた。

 

「乱暴なお客さんにはご退場を願おう!」

 

だが店の向かいにある民家の柵から聞こえた破壊音にその笑顔が固まる。

 

「できればウチだけじゃなくて周りの家も壊さないでほしいんっスけど!」

 

確か向かいは農家だったか。
扉から見える風景に目を凝らしながら、人的被害はないことを確認したヴァンとその足元から顔を覗かせるジェミオス。
垂れたオレンジ色の髪から送られる迷惑そうな視線に、ヴィルヴァーレは気まずくなって頭を掻いた。そうしたいのは山々だと言いたげに眉を八の字にして苦笑しながら、自分の隣に降りてきたヴァンを指差す。

 

「正直難しい!だがまあもし全てを壊さずにすめば、ヴァンの食事三日分でどうだ!」

「ならまだウチの備品壊された方がマシっスね!」

「だろう!」

 

あっさりと諦めたジェミオスと親指を立てたヴィルヴァーレ。
そこまで食費がかかっていたか考えながら、背後から聞こえる双子の片割れの啜り泣きに、とりあえず出来るだけ店は壊さないようしようと決めたヴァン。

彼は気休めにジェメリの肩をポンと叩く。そうして大丈夫だという風に頷いてちゃんと意思表示をしたのだが、それを完全に勘違いしてますます涙を流す目の前の青年に、どうしたらいいのかわからなかったヴァンはその手を引っ込めた。

 

ちょうど、畑から戻ってきた男が再びやってきた頃だった。
男は畑に飛ばされて暫く、意識は飛んでいなかったらしいが、脳震盪を起こしていたのか少しふらふらしていた。だがそれもつかの間、四人がいつものふざけた空気で話している間に態勢を整えたようで、律儀に出て行かされた扉から真っ直ぐ戻ってきた男の剣を構える手にブレはない。

 

殺すわけにはいかないが大人しくさせなければならない。民家は壊してはいけない。店も出来るだけ壊さないようにしなければならないし、勇者の関連者を殺して回っている理由も聞かなければならない。
ヴァンはしなければならないことを順序だてて考えた。

 

「奴らを殺すために・・・やっとだ・・・我が悲願・・・けして逃しはせん」

 

そして唸る男が襲ってくる前に床を蹴る。出来るだけ力まないようにしたがすばやく切り込むために入れられた力は、度重なる衝撃により破壊された箇所だけでなく、全体的に軋んでいた床にとどめを刺した。

 

「二人とも、先に謝っておく。すまない。」

「おっそいですよもう!!!」「気にしなくていいっス!!」

 

木片が巻き上がる。斜め下から切り込んできたヴァンの剣を受け止めた男が思い切り眉を寄せる。
ヴァンはそのまま剣先に体重をかけて男を店から押し出そうとした。

 

ぐっと二人の距離が縮まる。

 

身長・体重・剣の重さ・そして体勢。

全てにおいて男のほうが有利だった。

だが、その好条件に反して詰まる男の息。

力技で押してくるヴァンの足が一歩、また一歩と店の外に向かっていく。ふんじばる男の足が床を破壊しながら徐々に交代していった。

憎憎しげな紅い瞳と硝子のように男の姿を映す黒い瞳が向かい合う。視線が絡んだついでに、ヴァンはここでしなければならないことの一つを済まそうと口を開いた。

 

「何で勇者の関係者を殺すんだ。」

 

男の顔がよりいっそう憎しみに歪んだ。

勇者。

その言葉を口にした瞬間、赤い瞳に憎悪の炎が燃え上がった。
力をこめてはいるがまるでこれぐらい何ともないという風な涼しげな表情で自分を押しやるヴァンが、男にとって最も憎い言葉を口にしている。

腹立たしいことこの上ない。
歯を食いしばった男だったが、一方で男の心情など気にする由のないヴァンはもう一度口を開こうとする。男の目つきは益々険しくなった。

 

「貴様が口にしていいのは答えのみだ。」

「!」

 

体重をかけていた剣先が下に払われる。合わさっていた刃の向きを急に変えられ、刃を合わせられたそのまま地面に向かって振り落とされる。ぐるりと半円を描いていなされた剣先に勢いそのまま前のめりになったヴァンの膝に振り上げられた男の膝が入った。

反射的に嗚咽を漏らして揺れたその首に、今度は大剣の柄が襲う。
慌てた双子が加勢に向かおうとするが、ヴァンは前のめりになった体勢のまま倒れて両手を地面に着く。男の腕と剣が頭上を切った瞬間、反動をつけ男のわき腹に蹴りを入れた。

 

ヴァンと男、両者ともが互いに距離をとる。
入れ替わって今度は店の扉を背にしたヴァンは剣を構えなおして男を見据えた。

 

背後には双子とヴィルヴァーレ。正面にはヴァン。
男はちらりと後ろで構える双子を見た。

 

「いつでもかかってこい、卑怯ものどもが。」

「余裕ぶっこいてる場合かよ。」

「オレは貴様らのような奴に負けはしない。必ず殺す。」

 

思わず足を踏み出そうとしたジェミオスをヴィルヴァーレが止める。「挑発だぞ、バカ」とその後ろで諌めたジェメリも苛立ったようだった。隙あらば男に向かって何本でも酒瓶を投げる勢いだ。

自身を睨んでくるだけで動かない二人と、対称的に何を考えているのか分からないヴィルヴァーレに、ふん、と鼻を鳴らす。後ろを一瞥した男は視線をヴァンに戻した。

 

「律儀に待っているところだけは褒めてやろう。だが貴様こそこの中で最も剣を向けるべき男だ。」

 

男の剣先がヴァンを指し示す。しかし指名された当の本人は無表情で首を傾げるだけだった。全く持ってこの男に剣を向けられる心当たりがない。

 

「だから何の話だ。」

 

構えは解かないまま問う。男の眉がつりあがった様子を見て、選ぶ言葉を間違えたかと思ったが、それでもヴァンは見えてこない話にこれ以外返す言葉がなかった。
しかし、その返答にギッと己の腰元へと注がれた視線に気づいて、やっと思い当たることが出来たのか、一人納得したように頷く。

 

「勇者」「人違いだ。」

 

そして男が全てを言い切る前に言葉を遮った。

 

「違う!!!答えろ!勇者はどこだ!!」

「知らん。」

 

だが鋭い歯をむきしに目を血走らせた男の額には青筋が浮かんでいた。元々怒り気味ではあったが今度こそ激怒している。
ヴァンは二度目の返答も三度目の答えも全て間違えてしまったことに気づくが、これ以上激怒されてもどうしようもなかった。知らないものは知らないのである。

 

「とぼけるな!!」

 

吼えるような叫びに男の背後にいた双子が耳を塞ぐ。
ヴィルヴァーレも目を細め、背後から見ても分かるほどの怒気を放つ男がヴァンの腰元に掲げられた剣―煌びやかな装飾が施された黄金の大剣を指し示す姿を見つめた。

 

「貴様が持っているそれはあの男のもの!それを渡せ!そして答えろ!どこだ、どこにいる!俺に・・・奴らを・・・」

 

そこまで区切って口を噤んだ男の顔が俯く。大剣を握る手が怒りに震えていた。
続きを聞こうとヴァンがその表情を伺おうとした頃、勢いよく顔を上げた男の赤い視線がヴァンを貫いた。

 

「殺させろ!!」

 

男の空いた右手が黒い光を放つ。大剣を持つ手に注目していたヴァンは、自身の顔面に向かってくるそれを見て一拍呼吸を置いた。
その次の瞬間、顔から背骨に響くような衝撃が彼を襲う。石などの固形物ではなく火球に似た魔法であるにも関わらず、まるで重い鉄球がぶつかってきたようだった。ヴァンは衝撃とともに目の前が真っ暗になるのを感じた。

 

爆発音の後、黒煙が上がる。男の背後にいた三人も息を飲んだ。

 

そしてそれは男も同じだった。
思わずといった風に魔法が直撃したヴァンを見つめている。何故か呆然の色を浮かべた瞳は、だがすぐさま憎しみに染まってなりを潜めた。

 

その男の表情の変化などいざ知らず、背中越しにぐらりと揺れたヴァンを見たヴィルヴァーレの目つきが変わった。しかし彼の腕は、今度こそ足を踏み出した双子をしっかりと止めているままだ。我慢ならないというような声を絞り出して自身を睨みつける双子だが、ヴィルヴァーレは駄目だと釘を刺す。

 

「ヴィルさん!」

「魔法が使えるとあれば、君たちで敵う相手ではないさ。」

 

それでも目の前を塞ぐ腕をのけようとする双子に、ヴィルヴァーレは細めていた目をにっと柔らかくさせ、それに・・・。と続ける。

 

「大陸一の何でも屋は伊達じゃあないぞ!」

 

ヴィルヴァーレの笑顔に二人の視線がヴァンに戻る。
後ろにそれた顔がゆっくりと元の位置に返ってきた。乱れた黒髪から覗く目は相変わらずだ。多少顔にすすけたような痕と傷はあるものの、黒煙がすっかり腫れた頃にはいつもの無表情がそこにあった。

 

直撃したはずだ。しっかりと傷もある。だが効いた様子がない。

その事実に男は目を見張る。

 

「もう一度言う・・・」

 

掠れた声にハッとした男が、怒りのままに振り上げてしまった右手を柄に戻す。
不意打ちは男の好みではない。特に勇者に関連するものに対しては男は潔癖なまでに徹底していた。
やっと見つけた目標―勇者の手がかりに我を見失った自身を諌めている男の心を尻目に、一方でヴァンは魔法によって所々負った魔傷(マソウ)のヒリヒリとした痛みを感じながら、それでも無表情で言い切る。

 

「人違いだ。」

「・・・そうか。ならば死ね!」

 

はっきりと告げられた言葉に歪む表情。何とも口惜しげに眉間に皺を寄せ歯軋りをした男は、明らかに勇者と関連しているヴァンが己の言葉を否定したことに憎悪の頂点に達した。
目に見えて瞳の色が変わり、間髪いれずにその首を狙う男。
ヴァンがその大剣を受け止めようと構える。刃が触れ合うその瞬間、もう一度踏み込んで加重させようとした男の視界が激しくブレた。

 

「ぐあっ!!?」

「それは横暴だなァ」

 

再び激情に我を失った男の首目掛けてヴィルヴァーレの手刀が落とされたのだ。
双子を止めたヴィルヴァーレだったが、その実一番頭にきていたのはこの男だったのかもしれない。

何が起こったか理解する前に目の前で二重になったヴァンが天井を背に自身を見下ろす姿だけは確認できた男の背後で、腰に手を当てたヴィルヴァーレが大きく溜息を吐く。

 

「ヴァン、ああいうのはちゃんとよけたまえ」

「避ける理由がない」

 

先ほどの喚きっぷりはどこへやら―地面に突っ伏して完全に沈黙した男。その後頭部を見つめながら平然とそう答えたヴァンに、ヴィルヴァーレはにっこりと満面の笑みを浮かべながらもデコピンを食らわせる。

 

「わざわざ当たる理由もないさ」

「・・・痛い」

 

理由がないわけではないのだが。
魔法の軌道上にあった店と民家のことを思い浮かべながらも、今しがた食らった魔法よりも額の骨に響いた衝撃音に、ヴァンは額を抑えて呻くのだった。

 

***

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