悪ノ化身 5

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誰かの罵倒が聞こえる。憎くてたまらない声がする。
男はゆっくりと顔を上げて周りを見渡した。ここはどこだろう。
暗い牢獄の中。じめじめと湿った空気。カビ臭くてたまらない。光が差し込んでこないのは窓一つないからだろうか。
一切光の無い中で曖昧になる境界線に慄く。まるで自分の身体が闇に融けてしまったようで、男は歯を食いしばった。
まだ、声が聞こえる。憎いあの声が。だが姿が見えない。
声の持ち主を探そうとして、そこで初めて男は自分が床に倒れていることを知った。だがおかしい。牢獄は石畳でできているはずなのに、頬が冷たくない。それどころかふわふわしている。石が、やわらかい。どういうことだ?
早く、早くやつを見つけなければ。殺さなければ。この牢獄から抜け出さなければいけない。そうして立ち上がろうと全身に力をこめた男は、急に闇が濃くなった牢獄の中で喚いた。憎い者の名を。

「うるさい。」

「あっ」

男は危うく脳震盪を起こしかけるところだった。彼の頭もとで魘される様子を眺めていたヴァンの足―底に固い鉄板が入った、防御力も攻撃力も高いブーツの端に思い切り額をぶつけたのだ。ゴロゴロと転がって呻く男は、牢獄から一転、まばゆいばかりの光に溢れた視界に目をくらませた。
チカチカと星が舞うのは光だけのせいではないのだが。

「いっ、ぎ・・・!な、んだァ!?」

「あっちゃ~、痛そうだな~。」

痛む額を押さえようとして、固く縛られた腕に気づいた男はハッと顔を上げた。
ふわふわとした手触りのラグに、仁王立ちするヴァン。その後ろでへらへらと笑うヴィルヴァーレ。

男の頭がすっと冷えた。急激な覚醒についていけなかった脳が漸く働きだす。
首の裏が痛い。わき腹も酷く痛む。ついでに蹴られたり攻撃を受けた場所以外にも鈍い痛みを感じる。覚えのない箇所だ。・・・引きづられでもしたか!?

咄嗟に体を起こそうとするが、拘束された身体ではどうしようもなかった。そのまま突っ伏す男を、ヴァンとヴィルヴァーレは見下ろした。
手足どころか寸分のすき間もなく、簀巻きのようにつま先から首元まで縛りあげた男は文字通り手も足も出ない。苦々しげに歪む男の表情。大剣も取り上げられ、それどころか手が届く場所には武器になりそうなものなど何一つ置かれていない。徹底した配慮振りに舌打ちをする。

何とか首だけでも動かして一番近くにいたヴァンを見上げる。ヴァンは男の額にぶつかったことを悪びれる様子もなく、その視線を受け止めた。

「何故上半身裸なんだ貴様は!」

「君は服の上から傷の手当をするのかね?違うだろう。服に傷薬を塗っても意味がないじゃあないか。」

呆れたように言うヴィルヴァーレを睨む。男はヴァンの左胸、ちょうど心臓部の辺りの傷に驚いていた。白い肌とは色が異なったそれは、まるで一突きされたようだった。だが戦士ならば誰しも一つや二つの傷跡はある。むやみやたらと触れる話題ではないと、聞くことはしなかった。
見ただけでも重傷だっただろうことが伺えるほど大きく、古い傷跡。すでにふさがってはいるものの肉は抉れ、回りの皮膚が引き攣っていた。他人の傷跡を詮索してその名誉を褒め称えるような趣味も野次馬精神も微塵ほど持ち合わせていない男だったが、何故生きているのか不思議に思うほど大きな傷跡に顔をしかめる。

「起きてるなら大丈夫だろう。手当てがまだだ、戻ってきたまえ。」

「この男はどうする。」

「それはすっぽんぽんじゃなくなってから進めよう。早くしないと風邪引くぞ~!」

黙った男を余所に、ヴァンとヴィルヴァーレは傷の手当を始めた。ヴィルヴァーレの手に持たれていた新しい服を受け取りながら椅子に座ると、ややあって男が口を開く。

「・・・何故オレを殺していない。それにここは何だ?」

「君にはここが見たことも聞いたことも無い奇怪な不思議空間に見えるのかね。土台があり柱がありしっかりと木と土壁で作り上げられたただの家さ。」

「村の中間、お前が暴れた酒場からそう遠くは無い場所だ。」

ヴァンと向かい合ったまま、テーブルの上に置いてあった木箱をゴソゴソと漁るヴィルヴァーレは再び呆れたように眉を下げた。
木造の室内にふわふわのラグ、部屋の中央には二人掛けのテーブルと椅子、そして部屋の奥には手すりつきの階段。ただの人が住んでいる、生活感にあふれたこじんまりとした、家。

周囲に視線を走らせ終えた男の瞳をヴィルヴァーレは見下ろす。皆までは言わない男はそのまま口を噤んだ。その瞳の奥には困惑の色が見て取れる。当然だ。普通は気絶させられたらそこで終わり。あっけなく殺されるだろう。それが野蛮で獰猛な相手なら尚更である。

戸惑う男を一瞥したヴィルヴァーレは男の困惑を読み取りながらも、あえて多くを説明することはしなかった。まずは手当てをしなければならないのだ。ヴァンは打撲から魔法による損傷、魔傷で皮膚がこげている。闇魔法ともなればそこから腐敗したり枯れる可能性があるので、いくら本人がピンピンしていても早めに対処しなければ後々痛い目を見る。

「あ~この魔傷用の薬、まだ使えるかな~・・・。この村に癒しの聖職者や魔術師がいないのはわりと問題だなあ。」

「殺すも何も、お前には聞くことがある。少し待ってろ。」

ぼやきながら小瓶を取り出すヴィルヴァーレの代わりに、ヴァンが口を開く。傷の具合一つ一つに声を上げる相棒からの手厚い治療を甘んじて受け入れ、少し焦げ付いた顔や青あざの出来た腹に薬や布を当てられていく姿は、のんびりとしていた。男は苛立ちに歯を食いしばった。

「うーむ。内臓は平気そうだが酷い痣だな・・・大目に塗っておくか・・・・。」

「お前のデコピンが一番効いた。」

あっはっは!と響く大笑い。
手当てが終わって、ヴィルヴァーレに額を叩かれたその横顔を睨みつける。

聞く事がある?それはオレの台詞だ。男はヴァンの背後に置かれた四本の剣を見る。酒場では見かけなかった黒い剣と、自身の攻撃を受けていた剣。そして取り上げられた自身の大剣。そして最後、並んだそれらの一番右端に置かれた大剣。
たった一本、黄金に輝くその姿が、長年愛用していた大剣よりも男の視線を惹きつける。男の眉間の皺が険しくなった。

「なんだね、急に落ち着いたじゃあないか。多少は暴れられると踏んでいたんだがなぁ。」

「まあ、アレグリアみたいに家壊されるよりマシだろ。」

一度膨れ上がった憎悪を、息を吸い込んで抑える。聖剣を見据えた男は勤めて冷静でいようと、今までの旅路を思い出した。ヴァンとヴィルヴァーレは顔を見合わせる。

聖剣とともに勇者が姿を消したこの3年は、男にとって恐ろしいほど長くゆっくりと過ぎていった。一日でも早く殺したいという願いをあざ笑うかのように、渇望した姿は一度とも見ることが出来ず。煮え湯を飲まされる思いで過ごしていた。その手がかりが、ようやく。ようやく目の前に現れたのだ。怒りに身を任せてはいけない。
一度激情に駆られて殺しかかった自分を戒める男。その心情など知るよしもないヴァンはヴィルヴァーレにどうする?と視線だけで問いかける。男の全身を駆け巡っていた怒りが引いた頃、ヴィルヴァーレの指示に頷いたヴァンが動いた。

「フン・・・そういう趣味か?」

「なにがだ?」

男の瞳に映るナイフ。小ぶりだが綺麗に尖れているそれを片手に持ってしゃがみこんだヴァンに、男は嫌悪交じりの笑みを浮かべた。だが男が連想したこととは裏腹に、ヴァンは首を傾げるだけである。

ぷつり。
切られたのは男の肌ではない。
縛られていた箇所を一気に血が巡っていく。次いで腕、足とぷつぷつナイフで男の体を縛っていた縄を切るヴァンに、ヴィルヴァーレは頭の後ろを掻くと溜息を吐いた。

「ヴァーン?任せるとは言ったが、それはまずいんじゃあないかね?」

「・・・・何のつもりだ貴様ら。」

「まずは話を聞くんだろ。殺すわけには行かないし、理由を聞いた後は厳重注意で牢屋に入れるか見逃すかじゃないのか。」

「いや・・・うーむ・・・・確かにそうなんだが、そうもいかんだろう・・・。」

「見逃す、だと?」

正気かこいつは、とヴァンを見る。あっさりと解かれた拘束にすぐさま距離を取りつつ、ヴァンの顔を凝視した男にヴィルヴァーレは再びガシガシと頭を掻いた。
赤い瞳はヴァンや自分の背後にある大剣を確認している。隙あらばいつでも反撃してきそうだ。ヴィルヴァーレはそれとなく迎撃の態勢を整えながらも、自分がしたことに対して何の問題も思ってない相棒に項垂れた。

「うーん、早まったかなぁ。ヴァンにはまだ難しかったか・・・。こういうときにはそれなりの対応があるんだぞ。」

「昔それでお前に怒られただろ。あの時とは反対のことをしてみたが間違ったか。」

「いや、いい。大丈夫さ!いざとなったら気絶させて牢屋にぶち込めばいいのさ!それか無人島に放り出そう。」

「それを聞いて大人しくすると思うのか、愚か者が。」

「どうして大人しくしないんだ?」

ヴァンは真正面から馬鹿か貴様、と書かれた真顔に気づいて黙った。ヴィルヴァーレはその肩を慰めるように叩いて笑う。

「・・・俺はヴィルに危害が無い限りコイツをどうこうするつもりはないが。」

「お前に危害が加わったときのことも考えてほしいのだがね、まあ、仕方ないか。では、そこの君。ヴァンに代わって私が相手をしよう!」

「いいだろう。そいつでは話にならん。」

「ああ。本題に入るぞ~。」

暫くして口を開いたヴァンは、ヴィルヴァーレに促されるままに後ろに下がる。
さっと身構えながらも安心したように頷いた男。ヴィルヴァーレは己の背後に置いてある大剣―男がずっと気にしていた黄金のそれを手に取ると、よりいっそう表情を険しくした男の前に出す。

「君は勇者を探しているようだな。そしてこの剣を大層気にしているようだ。だからヴァンを襲ったんだろう。・・・あー、ヴァン、ちょっとその縄をいじくる手を止めたまえ。今ちと真面目な話をするところなんだぞ~?」

「む。すまない。」

男は呆れて物も言えなかった。マイペースにもほどがある。ヴァンのあまりの興味がなさそうな緊張感のかけらも無い様子に、酒場で対峙した者と同一人物なのかと疑いたくなった。やはりコイツ、馬鹿なのか。
いそいそと男を縛っていた縄をまとめる手が止まったところで、ヴィルヴァーレはゴホン、と咳払いをする。

「まあいいか。うーむ、単刀直入に言おう。君に言える事は何もない!」

「・・・フン、よほど勇者に義理立てがあると見た。だが泣いて許しを請い、洗いざらい吐く前に答えた方が懸命だぞ。」

相変わらず笑ってはいるが、ヴィルヴァーレの声はいつもより低い。その場に緊張が走るのを肌で感じた男は、眼光を鋭くさせて鼻を鳴らす。ヴィルヴァーレの言い分はすでに予想済みだった。

だが何と言おうと、無理矢理にでも聞きだすという男の意志は覆らない。

ヴィルヴァーレは立ち向かってくるなら殺し、ヴァンは勇者の情報を吐くまで逃がさない。―一度殺そうとしてしまったが。
感情に振り回されて目的を見失うのは自身の未熟さだ、と受け入れながら、男はつとめて冷静なまま二人を見据えた。

「泣くことも吐くこともないけどな。見逃すと言ってるんだ、帰れ。」

「オレが今まで殺してきたやつらにその言葉を聞かせてやりたいものだ・・・。」

「まあまあ。勇者を探す理由を話してくれて、なおかつヴァンに危害を加えず・・・というか今後二度とヴァンを襲わないし人を殺さないと改心すれば、帰っていいんだぞ。好条件じゃあないかね?」

ははは!と満面の笑みで黄金の大剣を肩に背負うヴィルヴァーレの笑顔。男の冷静さはすぐさま消え失せた。目の前の大男の言葉に、赤い瞳が歪む。

「何だそれは・・・。」

「何だも何もそういうことさ。とりあえずさっさと理由を言って家に帰りたまえ。別に観光でこの村に来るのならば大歓迎だがな!」

「貴様の耳は何のためにそのように長い?オレは沢山の人間を屠った。その怨嗟の声を、奴らの断末魔を、一人ひとり教えてやろうか!」

「悪趣味だな。ま、君がどれだけ凶悪であろうと今ここで改心するなら私は手を下さないさ。」

男の表情が消えた。かと思えば、じわじわと怒りに染まって歪んでいく。
ギラギラと光る赤い瞳を笑顔のまま見つめたヴィルヴァーレは、いつでも返り討ちにできるよう大剣の柄を握りなおした。ハイそうですかと納得するとは全く思ってはいない。自分がどれほど生ぬるく、更に言えば目の前の男の主義に反するか承知の上で冗談を言ったのだ。

この男が見せる勇者に対する執着が並大抵のことではないことは知っていた。わかってはいるのだ。だが彼は不殺生を好まない。ヴィルヴァーレは男を殺すつもりは無かった。

「俺もヴィルもモンスターしか殺さないんだ。裁きを受けたいならそれ相応のところへ行ってくれ。」

「ふざけるな!!頭だけでなく目も飾りか貴様は!」

引き下がらない様子に理由を説明したヴァンに、カッとなった男が食いかかる。

「オレは魔物だ!」

 

 

 

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