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悪ノ化身 5

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じんわりと意識が浮き上がる。
自身を見下ろすヴァンを最後に暗転、そこから目を覚ますまでは男にとって一瞬の出来事だった。

一度またたきした間に変わる光景。

固く土や砂埃、こぼれた酒の臭いにまみれた床から一変、男が目を開けた先にあったのはふわふわとした手触り―倒れて頬を預けている男にとっては頬ざわりになるのだが―のラグ。

男の視界は暫くの間その羊毛で出来た柔らかなラグに注がれていた。急に意識を失ったため、状況を把握するのに時間がかかっている。

首の裏が痛い。わき腹も酷く痛む。

ついでに蹴られたり攻撃を受けた場所以外にも鈍い痛みを感じる。覚えのない箇所だ・・・。そこまで考えて今の今までを思い出した男は、それまでぼやけていた思考をはっきりとさせて身を硬くした。

「起きたか。」

視界いっぱいだったラグを黒のブーツが遮る。それとともに空から降ってきた声に咄嗟に体を起こそうとした男だったが、ただ呻き声を上げることしか出来なかった。

全身が痛いのだ。

手足どころか寸分のすき間もなく簀巻きのように縄でつま先から首元まで縛られていることに気づき苦々しげに歪む男の表情。背後は見えないが大剣も取り上げられているだろう。ましてや手が届く場所に武器になりそうなものなど置かれていないはずだ。

そこまで考え、舌打ち交じりに何とか首だけでも動かしてブーツの持ち主―ヴァンを見上げた男だったが、ふいに目に付いたものに一瞬、思考が止まった。

ヴァンの左胸―ちょうど心臓部の辺り。白い肌とは色が異なったそれ。

まるで一突きされたような傷痕に釘付けになる。

ただの傷跡ならまだしも、見ただけでも重傷だっただろうことが伺えるほど大きく、そして古い傷跡だった。すでにふさがってはいるものの肉は抉れ、回りの皮膚が引き攣った様子は痛々しい。

別段、他人の傷跡になど興味はなかったのだが、長年戦士をしてきた男だからこそ、その傷を受けて何故生きているのだろうと不思議に思うような大きな痕だった。

思わずまじまじと見る。しかしヴァンは不躾な視線にも無言のままで、男の反応を待ち続けて見下ろしていた。

ややあって黒い瞳と目が合った男はバツが悪くなって顔を背けた。
完全に気を抜いていたわけではないが、捕らえられた危機的な状況で一瞬でも気を取られてしまった自分を恥じたのだ。しかも他人の傷をじろじろと見てしまった。

大きく舌打ちをかます男はそらした顔をすぐにヴァンに戻して睨みつける。というか何故上半身裸でいるのだコイツは。
ヴァンは上半身裸だった。上半身裸のまま、男の前で腕組みをして仁王立ちしていた。
男の心の声はヴィルヴァーレが代弁することになる。

「起きてるなら大丈夫だろう。手当てがまだだ、戻ってきたまえ。」

「この男はどうする。」

「それはすっぽんぽんじゃなくなってから進めよう。早くしないと風邪引くぞ~!」

ヴァンの背後から呆れたように笑ってやってきたその声に、ヴァンは頷くと男から踵を返す。そしてヴィルヴァーレの手に持たれていた黒の新しい服を受け取りながら、背後にあった椅子に座った。

「・・・何故オレを殺していない。それにここは何だ?」

ヴァンと向かい合ったまま、テーブルの上に置いてあった木箱をゴソゴソと漁るヴィルヴァーレに男の唸り声がかかる。

木造の室内にふわふわのラグ、部屋の中央には二人掛けのテーブルと椅子、そして部屋の奥には手すりつきの階段。

辛うじて見えた視界に映る光景に男は眉を潜めた。

これはまるで一般人の家ではないか。
ただの人が住んでいる、生活感にあふれたこじんまりとした、家。

周囲に視線を走らせ終えた男の瞳をヴィルヴァーレは見下ろす。皆までは言わない男はそのまま口を噤んだ。その瞳の奥には困惑の色が見て取れる。

戸惑う男を一瞥したヴィルヴァーレは、笑ってはいるものの肩を竦ませるだけですぐにヴァンの手当てに取り掛かった。

「あ~この魔傷用の薬、まだ使えるかな~・・・。」

「殺すも何もお前には聞く事がある。ここは俺とヴィルヴァーレの家だ。村の中間、先ほどの酒場からそう遠くはない。」

ぼやきながら小瓶を取り出すヴィルヴァーレは男と会話する気がないのだろう。傷の具合一つ一つに声を上げられながら、目線だけを男に向けるヴァンが変わりに返答する。

「うーむ。内臓は平気そうだが酷い痣だな・・・大目に塗っておくか・・・・。」

「お前のデコピンが一番効いた。」

あっはっは!と響く大笑い。
手当てが終わってすぐに着替えたヴァンが、ヴィルヴァーレに額を叩かれている姿を睨みつける。

聞く事。

それは男の台詞だった。この場合、答えを持っていなかったヴァンにもう聞けることなど無かったのだが―男の目はヴァンの背後に置かれた四本の剣を見る。

一つは取り上げられた自身の武器、そしてもう一つは―。
たった一本、黄金に輝く大剣。男の視線は長年使っていた自身の武器よりもその黄金に注がれていた。
男にとって非常に忌々しい存在なのか、眉間の皺が険しくなる。この黄金の大剣を見ていると、男はヴァンの知らぬ存ぜぬの答えに納得は出来なかった。

激情に駆られて危うく殺す気で向かってしまったが、冷静にならなければならない。
男は一度大きく息を吸い込んで、憎悪に駆られやすい自身の心を落ち着けようと勤めた。

聖剣とともに勇者が姿を消して3年。恐ろしいほどの月日だった。一日でも早く殺したいと願った勇者。だがこの3年間、渇望した姿は一度とも見ることが出来ず、煮え湯を飲まされる思いで過ごしていた。

数えきるのも馬鹿馬鹿しいほど多かった『勇者の関係者』とのたまう人間。

いや人間だけならまだよかった。男はこのアルド大陸に渡る前のことを思い出す。

人間に扮した魔物までいた体たらくだった。どれだけ次こそ奴への手がかりであれと思ったことか。そのなかで本当に勇者を知っており、言葉を交わし親交を持っていたのは果たして知ることはできなかった。

今までの紆余曲折を思い出しながら、目を閉じて俯く。

一、二、三・・・数え始めた深呼吸が十を越える頃には男の全身を駆け巡っていた怒りは胸のうちでくすぶるだけのものになり、頭に上っていた血もすっかり引いた。

ヴァンとヴィルヴァーレは落ち着いた様子の男を見て顔を見合わせる。ヴィルヴァーレが視線で男を指し示す。ヴァンは頷くと未だ俯いたままの男の前に立つ。

近づいた気配に気づき顔を上げた男の瞳に映るナイフ。
小ぶりだが綺麗に尖れているそれが光る。片手にナイフを持ってしゃがみこんできたヴァンに、男の目が細められた。

「ふん。そういう趣味か。」

笑ってはいるがその声は嫌悪に塗れている。だが視界にちらついたナイフと自身の状況から男が連想したこととは裏腹に、ヴァンは首を傾げたまま。

ぷつり。

切られたのは男の肌ではない。
縛られていた箇所を一気に血が巡っていく。次いで腕、足とぷつぷつナイフで男の体を縛っていた縄を切るヴァンに、ヴィルヴァーレは頭の後ろを掻くと溜息を吐く。

「ヴァーン?任せるとは言ったが、それはまずいんじゃあないかね?」

「・・・・何のつもりだ貴様ら。」

あっさりと解かれた拘束にすぐさまヴァンから距離を取った男に更にもう一つ溜息がこぼれる。赤い瞳が一瞬ヴァンや自分の背後にある男の大剣を確認したのを見て、ヴィルヴァーレはいつでも動けるようにそれとなく体勢を変える。
そうして男の動向を注意深くうかがう彼の相棒は、自分がしたことに対して何の問題も思ってないようだが。

「まずは話を聞くんだろ。殺すわけにはいかないし、理由を聞いた後は厳重注意で解放なんじゃないのか。」

「いや・・・うーむ・・・・確かにそうなんだが、そうもいかんだろう・・・。」

ヴィルヴァーレはヴァンに任せると決めた自分の判断を誤ったかと顎をさすった。

色々考えた末に決めたことなのだが、やはり自分が行ったほうがよかったのだろうか。だが任せるといった手前、信じるしかあるまい。いざとなったら気絶させて場所も何も分からないどっかの無人の島に放り出しておけばいい、などと物騒なことを人のいい笑顔の裏で考え、無防備に男から視線を外して振り返って会話してくるヴァンとその後ろでいかにも警戒していますという風な様子の男を見つめる。

「そうもいかないのか。駄目だったか、すまない。」

「・・・・・・・・」

「や、いいぞ!駄目じゃあないさ!だが後は私に任せたまえ。」

無表情で手元にある縄に視線を落とす横顔と、コイツはバカか?と書かれた真顔が並んでいる。
ヴァンが特に落ち込んでいるわけではないことを知ってはいたが、ヴィルヴァーレはヴァンの肩を慰めるように叩いておいた。

「俺はヴィルに危害を加えない限りコイツに危害を加えるつもりは無いが・・・。」

「お前に危害が加わったときのことも考えてほしいのだがね、まあ、仕方ないか。では、そこの君。」

さっと身構える男から視線を外さないまま、ヴィルヴァーレは己の背後に置いてある大剣―男がずっと気にしていた黄金のそれを手に取ると、よりいっそう表情を険しくした男の前に出す。

「本題に入ろう。」

相変わらず笑ってはいるが、ヴィルヴァーレの声はいつもより低い。その場に緊張が走るのを肌で感じた男は、眼光を鋭くさせてそれに答えた。ヴィルヴァーレと男の間にいるヴァンは男の雰囲気が変わるのを余所に、自身が切った縄を綺麗にまとめるのに集中していた。

自分が襲われたことなど気にもしていないようだ。というより恐らく今回の騒動の原因となった自身が持つ大剣とそれに執着する男に全く興味がないといえばいいのか。

実際のところ、ヴァンにとって勇者関連のことは気にかける対象ではあったが、ヴィルヴァーレがこの件を引き受けたならもう完全に任せようという考えだ。男の体をぐるぐる巻きにしていた長い麻縄を延々と束ねている。

いまいちしまらない雰囲気だ。
男がやはりこの男、バカだなと呆れを顔に出しそうになるのをこらえているなか、自分のペースを貫くヴァンを放置したままヴィルヴァーレは言葉を続ける。

「君は勇者を探しているようだが・・・」

勇者、の単語に憎悪が先立つが、つとめて冷静でいようと男は続きを待つ。
ヴィルヴァーレが何と言おうと、ヴァンが何と答えようと男の考えはすでに決まっていた。

無理矢理にでも聞きだす。

圧倒的に不利な状況であろうとそれは変わらない。
ヴィルヴァーレが言いたいことは容易に想像できた。だからこその決定事項だった。
ヴィルヴァーレは立ち向かってくるなら殺し、ヴァンは勇者の情報を吐くまで逃がさない。―一度殺そうとしてしまったが。それは自身が未熟だったと受け入れよう。感情に振り回されて目的を見失うのは克服しなければならない。
だが男の冷静さはすぐに消える。

「勇者を探す理由を話してくれて、なおかつヴァンに危害を加えず・・・というか今後二度とヴァンを襲わないし人を殺さないと改心すれば、適当に帰っていいぞ!」

ははは!と満面の笑みで大剣を降ろすヴィルヴァーレの笑顔に、男は一瞬目の前の大男が何を言っているのか理解できなかった。

「何だそれは・・・。」

「何だも何もそういうことさ。とりあえずさっさと理由を言って家に帰りたまえ。別に観光でこの村に来るのならば大歓迎だがな!」

冗談交じりにそう言ってヴァンに同意を求めるヴィルヴァーレに、男の表情が消える。理解できない。いや、言っていることを理解したくなかった。

じわじわと怒りに染まっていく男の顔を笑顔のままちらりと見つめたヴィルヴァーレは、いつでも返り討ちにできるよう大剣の柄を握りなおした。ハイそうですかと納得するとは全く思ってはいなかった。

先ほどヴァンに言ったように、そうもいかないのだ。殺さない、厳重注意で解放。それがどれだけ難しいことか。本当にさっさと帰ってくれるなら有難いのだが、この男が見せる勇者に対する執着が並大抵のことではないことは知っていた。わかってはいるのだ。だが彼は不殺生を好まないし、一欠けらも男を殺すつもりは無かった。

「オレは沢山殺したぞ・・・・。」

「お前が人である以上、俺もヴィルも殺すつもりは無い。」

ヴィルヴァーレが魔物しか殺さないことを知っていたヴァンは男を制した。ヴァンとしてはヴィルヴァーレがよしとするなら人も魔物も害悪ならば手にかけても構わなかったが、自身の行動基準の元になる相棒が首を縦に振らないのならばその通りにするまでだ。
引き下がらない様子に理由を説明したヴァンだったが、淡々としたその言葉は逆効果だった。カッとなった男が食いかかる。

「人間であるものか!魔物だ!!!」

そうして放たれた言葉に、ヴァンがぴくりと反応する。
ゆっくりと男を見つめたヴァンとその後ろで自分を見るヴィルヴァーレに、男はにやりと笑った。

***

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