悪ノ化身 6

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人間ならば殺さない。ならばモンスターの場合は?
苛立った男に、果たして二人はどう反応をするのか。吼えられたヴァン、そしてその後ろで行く末を見守っていたヴィルヴァーレは、溜息をついた。

「うん。で?君は一体何が不満なのかね。私たちの答えは変わらないぞ。」

うろたえたのは男のほうだった。平然としたように、それがどうしたと肩をすくめる二人を、男は凝視する。

「なッ・・・!?貴様ら、どういうつもりだ!」

「私たちが聖職者の類にでも見えたというのならば、その目は飾りなのかと問いたいものだがね。」

「お前がモンスターであれ人間であれ、俺はどっちでもいい。ヴィルが生かすならそうするまでだ。」

ヴィルヴァーレの皮肉とヴァンの言葉の意味を理解する。言わずもがな、男はますます怒りに震えた。怒気をはらむその表情は限界まで歪められている。嫌悪感を隠すことも無く握り締められた拳がギリギリと音を立てる。その足は、力むあまり床を軋ませていた。

「ふざけるな・・・!」

「ふざけてないさ。」

もはや冷静さを取り戻そうとすら思わなかった。
帰れといわれて帰るつもりもないが、それよりも明らかに害悪である存在をみすみす逃すとは一体どういうことなのか。聖職者ならば人を殺さないということもまだ理解できたが、魔物であると言ってもそうしないのは何事か。―その先の理由を考えて吐き気がした。

人を殺したというのに知らぬと言った。それに異論を唱えないヴァンは他人など虫けらにしか見えていないのだろうか。何故このような男がアイツの剣を手にしている。男は今すぐその顔を殴りつけてやりたいと思った。

禍々しい殺気を放たれ、声を荒げられ、それでも笑顔を崩さないヴィルヴァーレは男を冷静に見つめる。

魔法を再び放たれれば手に持った大剣で切るつもりはあった。致命傷に至らないように気をつけなければならないが、ヴィルヴァーレにとってそれはさしたる問題ではない。

一番重要なのはこの男をどうやって、二度と自分たちに関わらないようにさせるかだ。男が勇者を探している理由ぐらいヴィルヴァーレは知っている。
ヴァンは全然気にかけてもいないし、考えようとも思っていないが、彼は全てわかっていた。

「貴様等が何故それを手にしているのか理解に苦しむ・・・!」

掲げられた大剣が窓辺から差し込む光を受けて輝く。
この大剣が全ての理由だった。

「ああ、これか。だがヴァンは答えられないし私も君が望む答えを持っていないんだな~。」

「嘘を吐くな!!それを持っていながら、貴様が勇者を知らんはずがない!」

血を吐くような怒号だった。声帯が焼け切れるのではないかとさえ思うほどの憎しみが男の喉を振るわせる。

「それは聖剣だ!」

憎悪に視界が歪む。思考が全て憎しみに注ぎ込まれる。怒りを込めすぎて震える指先が大剣を―聖剣を指し示した。
指一つで人を突き殺しそうな雰囲気の男に、しかしヴィルヴァーレは一切動揺しないまま男を見返す。

「一応聞くが、君はヴァンのことを知っているのかね?答えられるのならば教えてくれたまえ。」

「知るか!!」

「はあー。それなのに勝手に決め付けたりなんだり、想像力が豊か過ぎるのも困りものだなあ。」

重い溜息が吐かれる。やれやれと言った風にかぶりを振るヴィルヴァーレと、男の問いに目を細めるヴァンを尻目に、男は視界に映る黄金の大剣を睨む。

男の言うとおり、それは聖剣だった。かつて勇者が振るい、魔王を倒した光の剣。古より勇者に受け継がれしもの。男の知る勇者がいつも背に光らせていたものだ。だが今それを所有するのは勇者ではなく、ヴァン。無関係ならば到底手にしているはずもない。

聖剣を通して、憎みきっても憎みきれない顔が男の頭に浮かび上がる。誰もがうっとりと眺めたくなるほど見事な黄金と装飾の施された聖剣は、魔性の存在であれば鬱陶しくて目障りで仕方の無いものだが、この男にとってはそれだけに留まらないほど憎く嫌悪するものでしかない。

「これを持っていながらも無関係だと言い張るか?それが贋物だとでも偽るのか?」

「いや、本物だ。」

「ちょっとは否定とかしたまえよヴァン。素直なのはいいことだが正直者はこの世で一番早死にするんだぞ・・・。」

思い浮かびあがった勇者の顔に吐き気をもよおしながら、能面のような顔で何の感慨もなく自分を見返すヴァンを睨む。あっさりと認めたことに殊更神経を逆撫でされ、全身の毛が逆立った。

「ならば貴様は勇者と繋がりがある!!!」

「なッ、おい!」

「ぐっ!!」

咄嗟にヴィルヴァーレが男の腕を掴んだときには、すでにヴァンは倒れていた。鈍い音が響く。ヴァンは息苦しさに眉を潜めて呻いた。
床に叩きつけられた体に、自分の意思に関係なく肺の中の空気が一気に吐き出される感覚。だが思わず咳き込もうとした彼の口から出るのは乾いた音だけだ。

「離せ。折るぞ。」

「オレの腕とコイツの首、どちらが先に折れるだろうな。」

気づけば天井を仰ぎ見ていたヴァンの視界に、睨みあうヴィルヴァーレと男がいた。白い首に食い込む男の指が、ヴィルヴァーレの言葉に益々ヴァンの気道を塞ぐ。首の筋が切れそうな、それ以上いくと骨まで折れそうな力だ。
今にもへし折りそうな勢いで掴んでいたヴィルヴァーレから一瞬力が抜ける。だが男の指が段々と力を増しているのを見て、すぐに掴みなおした。

「殺してどうする。後悔するのは君だぞ。」

「腕一本と首一つを比べるのか?フン、貴様の相棒は随分と貴様の命を安く見ているようだぞ。どうする?」

「違う!」

気道と血管が締め上げられ塞がっていく感覚に、二人の会話が耳をすり抜けていく。ヴァンは自身の耳に届くギリギリという音が、首を絞めらたものなのかそれともヴィルヴァーレによって掴まれた男の腕の骨からのものなのか判別がつかなかった。

ドク、ドク、と空回りする脈拍を鼓膜に感じながら、いつもより大きく聞こえる心拍数に人間が窒息死するまでの時間はどれぐらいだっただろうか、とぼんやりと考えた。
―とある医学書に、人体や生物についての急所論。実際に人を殺した男の手記など、沢山の本の知識が思い出される。どれもこれも書かれていた時間に大差はないし、首を絞められて何故人間が死ぬのかという理論にも差違はなかった。

そこまで考えているヴァンの意識は、完全に別の場所へ向かっている。ふわふわと今にも飛んでいきそうだった。つまり気絶寸前だった。

「抵抗ぐらいしたまえヴァン!あっ、いや駄目だ!首は動かすな!!」

「っ、っ・・・!」

「賢明な判断だな。」

ヴィルヴァーレの言葉に遠のきかけた意識を何とか引き戻すが、次いで聞こえた焦った声にすぐに動きを止める。男は鼻で笑った。

ヴァンを押し倒した際に抵抗されないように対策は取ってある。のしかかられた上半身、足で挟んで封じられた両腕。勿論、それだけなら力の差でどうにか抵抗できるだろうが、ヴィルヴァーレが危惧しているのはそこではないことに男は気づいている。

「今無理にでも動けば貴様は己の首を絞めることになる。自らの手でその首を折りたくなければ、オレの問いに答えることだ!」

男の言うとおりだ。ここで与えられる力の方向に反して体を起こそうと首を持ち上げようとすれば、たちどころに骨は折れるだろう。何より、ヴァンが抵抗をする前に男が宣言どおり折るはずだ。

酸素と血流が不足した頭でヴァンはどうするべきかを考え、止めた。ヴィルヴァーレが止めろといったら止めておいたほうがいい。

それに本気でこの状況を止めるならば、方法は無いことは無いが目の前の男を殺すしかなくなる。それはヴィルヴァーレが望まないだろう。それに男は答えればいいといった。

散々酒場で正直に答えたのに未だ首を締め上げてまで問い上げてくる男が、そうすんなりと行くはずがないのだが、血と酸素が足らない頭ではそんなことなど考えなかったようだ。

よし、止めよう。ヴァンはあっさりと思考を放棄した。

心の中でそう決めた瞬間、ピクリとも動かず、更にはうんともすんとも言わずに全く動かなくなったヴァンにヴィルヴァーレは焦る。首を絞められても反応が鈍いままなのが余計に彼を焦らせた。額に冷や汗が流れる。

痙攣まではしていないものの、生理的反応で呼吸を求めあけられっぱなしのヴァンの口からは唾液が流れ、その顔面は元々肌が白いせいかよりいっそう蒼白になっている。にもかかわらずその表情は眉間に少し皺が寄った程度で、恐怖だとか困惑だとか、逆境を跳ね除けようとする反抗心さえ見出せない。一歩間違えれば死に掛けているように見える。

「このッ、本当に、やめろ!!ヴァン!しっかりしたまえ!」

「ああ、憎い、憎いぞ・・・!!」

激しい怒りと憎しみを真っ直ぐにぶつけながら、男は噛み締めるように言葉を口にする。憎い勇者の顔はまだ消えない。ヴァンと勇者を重ね合わせているのか、激情の渦中に落ちた男の男の指先から見る見るうちに黒い靄が溢れてくる。
酒場でヴァンの顔面に食らわしたのと全く同じ力だ。
感情に呼応するようにくすぶり始めたそれに、ヴァンの皮膚がひりつく。

「答えろ!奴はいまどこにいる!!」

「それじゃあ答えられるわけないッ!!その手を緩めるんだ!!」

男の叫喚とヴィルヴァーレの怒なり声が重なった。
一呼吸して、ヴァンは咳き込む。一気に肺に入ってきた空気に反射的に何度も咳が出て、ゼェゼェと気管が音を立てた。

男の手が緩められたのだ。
息苦しさが倍になったが、辛うじて呼吸が出来るようになったことに霞がかっていた思考と視界が徐々にはっきりしていった。

脳に血が巡るカーッとした感覚に目を瞬かせる。
息を荒げ、とまっていた血流が一気に巡ってきたのか赤くなった顔でヴァンはヴィルヴァーレを見た。ぐっと眉を寄せて、口を歪めたヴィルヴァーレが、その視線を受けて溜息を吐く。

「大丈夫か!?まったく、いわんこっちゃないだろう!この馬鹿!」

「お、前に危害がないなら、別に・・・うっゲホ!ゴホッ!!」

「私はよくない!」

暫く咳き込むその体をすぐにでも起こして背中をさすりたい気持ちでいっぱいだったが、未だ男の腕は首に添えられたままだ。ヴィルヴァーレの怒号で漸く冷静さを取り戻したのか、黒い靄はなりを潜め、力も随分と弱められているが、頚動脈も気道もしっかりと捉えられている。

冷静さを欠いても急所は外さない。殺すことに徹底した男にヴィルヴァーレはどうして少しでも早く反応して止められなかったのだろうと唇を噛んだ。注意していたはずなのに、心の底のどこかでこの男にヴァンをどうこう出来るわけがないと思っていた。

怒りにとらわれ忘れ、逸脱した執着を勇者に見せている男の様子に油断するべきではなかったのに。ヴィルヴァーレの後悔を余所に、暫くして受け答えができるくらいには呼吸が整った様子のヴァンを男は見下す。

「勇者の居場所を言え。そして聖剣をオレに渡せ。・・・さもなくばこのまま貴様を縊り殺し奪うだけだ。」

「もう殺しかけられた。」

ほとほと呆れ果てる。男は思わず手加減を忘れそうになった自分を、すんでのところで落ち着かせた。

「・・・・・・・減らず口は叩かないほうがいいぞ。」

奥歯を噛み締めて鬼気迫る表情を浮かべた男と対称的に、危うく窒息死しかけたにも関わらず淡々としているヴァンのマイペースさは異常だ。余裕ぶっているわけでなくこれが素なら相当頭が悪い。いや、気持ちが悪いほど普通の反応をしていない。

そこまで考えた男は、ふいに違和感に気づく。
―普通の反応じゃない。引っかかった考えは、しかしヴィルヴァーレの声にかき消された。

「それにしても随分優しいんだなぁ?君みたいなタイプは容赦ないと思っていたのだがね。」

ここまでしておいて、という言葉が聞こえてくる。へらりと笑ったヴィルヴァーレの目を、男は歪んだ笑みで睨みつけた。

「ほーう?今までの者たちもそうやって見逃してくれたのかね?違うだろう。」

「それは今までのもの全て!偽りに塗れた屑だったからだ!オレはオレの信じるものに従ったまでだ。・・・貴様らも同じような道を辿りたいというのならばいいが、そうでないならばオレに嘘偽りなく答え、聖剣を渡しせば見逃してやる。やつらを殺せさえすればオレはどうでもいい・・・。」

最後の言葉は小さな呟きだった。
上から降ってきた声を受け止め、ヴァンはヴィルヴァーレをじっと見つめる。
言葉は無いが、どうする?という彼の淡々とした声が聞こえてくるようだった。こんな状況にも関わらず、その問う視線に不穏な雰囲気は全く無い。子どものように純粋にどうすればいいのか聞いてくる目に、ヴィルヴァーレは大きな溜息を吐くしかなかった。

「わかった・・・だがその前にもう一つ聞きたい。勇者以外に誰を殺そうというんだ?」

項垂れかけた様子で頷いたヴィルヴァーレに、観念したのかと一瞬歓喜の色を見せた男の表情が、すぐに真剣なものに変わる。

「決まっている。魔王だ。」

「・・・3年前に消えたものと死んだものを殺すとはいったいどういうことかな?」

「死んだ?ッく、・・・ははは・・・・」

即答した男に今度こそヴィルヴァーレは完全に項垂れた。だが男は愉快そうに喉を鳴らすだけである。くつくつと笑いながらも、口を歪めて赤い目を爛々とさせる男の酷く忌々しそうな顔。
ヴァンは3年前の大戦についての出版物を思い出しながら、その表情を眺めていた。

本に書かれているだけじゃない、誰もが口を揃えて言うことだ。魔王は死んだ、と。だがこの男はどうして笑っているのだろうか。

「傷が疼く!呪いの声が聞こえる!オレはやつに作られた存在・・・ゆえに否応無くわかるのだ・・・その存在を二度と感じたくなくても!この身に刻まれた奴の呪いが教えてくる!」
「やつは蘇ったとな!」

ひたすら笑ったあとに自身を睨みつける男が。憎しみに歪み、すぐに激情し我を忘れる男が、本や周りの人間のように正しいとは思えなかった。それでも、真っ直ぐに自身を貫くその瞳は狂人の類とは違う。嘘をついているようには見えない。

「必ずや勇者と魔王をこの手で葬るッ!そのために貴様に聞いているのだ!言え!!!勇者はどこにいる!!」

「だから、知らない。」

だがやはり、その言葉に対する答えは変わらなかった。
男の顔が絶望に歪み、そしてすぐに怒り、憎しみ、軽蔑の色に次々と飲まれていく。ヴァンはその表情をただじっと見つめることしか出来なかった。

「遺言はそれでいいのだな・・・?弁明は聞かんぞ・・・!」

「嘘じゃないさ。君は一つ勘違いをしているだろうから、訂正をさせてもらうが。」

気丈に勇者を庇っているように見えたのだろう。侮蔑を含んだ視線と我慢ならないと殺しにかかってきた男を、ヴィルヴァーレが止める。

「ヴァンが勇者と関係があったとして。それでも本人は何も知らないんだ。・・・あー、その、君には大変申し訳ないんだがね?」

まったく申し訳なくなさそうに頬を掻いたヴィルヴァーレに、少しだけ嫌な予感がした男。喉がごくりと上下したそのとき、ヴィルヴァーレはへらっと笑った。

「ヴァンは記憶喪失なのだよ。」

「寧ろ聞きたいのはこっちだな。お前、勇者のこと知ってるなら俺のことも知ってるんじゃないか?」

男の腕が滑り落ちる。静まり返った家の中で、「は?」と気の抜けた声が響いた。

 

 

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