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悪ノ化身 1

更新日:

 

 

 

3年前の大戦、一人の勇者がぱったりと姿を消した。

 

その男は歴代の勇者の中でも最も優れている男だった。
勇者の名にふさわしい勇気と知恵、力。そして何より、他者への慈愛の心を持っていて、救いを求める全ての人間の声に応えるような、そんな非の打ち所のないような男だった。

 

彼は産まれた時から勇者となるべく育てられた人間だったので、まさに完璧だったのだ。

同じく、産まれた時からこの世の覇者とならんとする魔王と同じように。

 

この世界の始まりから今まで、幾度となく繰り返された勇者と魔王の戦い。

その中でも最も勇者たれと生きた男と、魔王たれと生きた男の世界の命運を握った戦いは。

 

多くの正しき人間が勇者の勝利を願ってやまず、そして悪しき人間と害悪の魔物たちが魔王の勝利を信じて疑わなかったその最後の戦いは。

 

 

―しかして、誰もが予想することの出来なかった結果に終わった。

 

倒された魔王。
そして人々の期待に応え勝利をもたらした勇者。

彼は栄光たるその後消息を絶った勇者。

歴代の中で最も勇者たる男がいなくなった世界では、魔王が死してなお平和がもたらされる事はない。残ったのは、善良ではあるが勇者に頼りきりだった人間と、魔王という“枷”が失われ統率力のなくなったモンスターと悪に染まった人間だ。

 

もはや、再び世界が混乱の渦に飲まれるのは当然のことだった。

 

それから暫くして。
一人、花畑で目覚めた男は自分に問う。

 

「俺は誰だ?」

 

そういった男の傍らには、ボロボロの布に巻かれた―しかしその鞘と柄は傷ひとつない―美しい黒い剣と、消えたはずの勇者が手にしていた聖剣が静かに横たわっていたのだった。

 

 

***

 

 

その男は全身黒で統一した、見た目からして雰囲気の暗い、だがその姿かたちは見るもの全てを魅了するほど美しい男だった。

 

磁器のような白い肌、その白に良く映える濡れた烏のような黒髪に、黒い瞳。
身長はおよそ175~180cmの間で、歴戦の戦士と違って小柄でいささかボリュームにはかけるが、戦いの中で培われた筋肉。

 

何よりも目を引くのがその相貌だ。著名な芸術家たちが最も美しい人間をテーマにして描かれたかのような整った顔立ちをしている。

 

ただ1つ欠点を挙げるとするならば、無愛想すぎるといったところか。

 

 

まるで欠落したかのように表情のない男は、ともすればどこかの彫刻家が作った作品と見間違えてしまうほど、ぴくりとも感情を出さないのである。

 

女性のみならず同性でさえ綺麗だと思うような相貌のその男の名はヴァンという。

 

そんな彼は現在―世界の中心から少し南東にあるアルド大陸というところで思いっきり―一般人からすると全力疾走してもたどり着けないような勢いで―走り続けていた。
傍らにやけに筋肉質で巨体な男を引き連れて。

 

「ヴァンくーん、ちょっと早すぎじゃあないか~?」

 

その声に少しだけ速度が落とされる。少しだけ弾む息でヴァンの少し後ろを走っていた男は、礼を言うと隣に並んだヴァンに笑いかける。

ヴァンはその表情をちらりと横目で見ると、もう少しだけ速度を落としていった。

 

「寧ろお前に合わせて遅くしているが、分かった。あと時速0.5kmは落とそう」

「あっはっは!実にありがたい!」

 

空を仰いで笑う巨体の男の名前はヴィルヴァーレ。

 

ヴァンを彫像のよう―計算しつくされた美しい彫刻のようだと例えるならば、この男もそうであった。ヴァンとは正反対ではあるのだが。

 

計算しつくされて丁寧に作られたかのような彼とは違って、ヴィルヴァーレの雰囲気は猛々しかった。

子どもの胴回りはある腕に、比較的ゆったりとした服の上からでもはっきりと分かる筋骨隆々とした肉体。
身長は2mを超えている。大男だ。

 

オールバックにされたプラチナブロンドの髪が風に靡く。三つ編みにされた長い襟足が、巨体の雰囲気を和らげていた。

何より、彼は常に満面の笑みを浮かべてにこにこと人好きをするような顔をしている。
そのためか、とんでもない巨体にも関わらず圧迫感や威圧感は一切感じられない。

 

作品というには魂がこめられたよほど人間らしい男だった。

 

勿論これはあくまで比喩なので、二人とも彫像でもなければ立派な生物であるし、魂もあるのだが。

 

さてこの二人。ただひたすら走り続けているが、彼らが最初に勢いよく大地を蹴りだしてからかれこれ30分は経っていた。

しかもただのランニングにしてはいささか荷物が多すぎる。

 

ヴィルヴァーレは背中に銀のメイスを、ヴァンは腰のベルトに2本の剣を。そして何より走るにしては重いだろう襟首のついたマントを羽織っているし、二人がはいているのは皮のブーツだ。

 

更に言えば普通に、特にヴィルヴァーレに至っては時折豪快に笑いながら会話をしているが、その実、彼の左手の手のひらはメイスに添えられたままだし、ヴァンは2本の剣のうち1つに右手の指だけを添えている。

 

そしてそのポーズのまま、おそらく彼らに横を通り抜けられた者がいたなら風でも纏っているのかと思うほどの速さで走っているのだ。

もう一度言うが、ヴィルヴァーレは巨体であるし、ヴァンは無表情である。

この男二人は凄まじい速さで走っていながら会話しているし、にも関わらずその息は乱していない。

―追いかけられるものからすればたまったものではないだろう。

 

彼らのおよそ200m先。
今必死で逃げている一匹のモンスターがそれだった。とてつもない恐怖を感じながら悲鳴をあげ、今まで生きてきた中で一番のスピードを出して大地を駆ける。

 

「あのモンスター意外と足が速いなぁ~!やはり私たちと違って2本足が多いからか?」

 

ヴィルヴァーレが感嘆の声をあげるそのモンスターは四足歩行だった。

犬や猫、馬のような見た目ではなく、鱗を持ち、太陽の光を受けてぬらりと光る湿った体を持ち、指先には水かきがついているソレは、陸の上を走っているくせに魚の見た目をしていた。

ただ魚から手足が生えて四足歩行になっているだけである。必死に背中を折り曲げては伸ばして全身をバネのようにして遣いながら走り続ける様子は、子どもが見たら気持ちが悪いと泣くか面白がるだろう。

 

「今日はどちらが先にしとめると思う?」

「アレがどっちに攻撃してくるかによるが、おそらく俺だ」

 

そんなモンスターの背後で二人は無情な会話を続ける。

 

ヴァンが自身の勝利宣言を立てたことに、え~!っと非難がましい声を上げていながらも、その表情は実に楽しそうに笑うヴィルヴァーレ。白い歯をきらりと輝かせて笑いながら、空いた右手で隣を走る男の背中をバンバン叩いている。

 

だが会話はモンスターにとって笑えるものではなかった。
叩いてくるその丸太のような腕を払うことなく、痛みにもだえるわけでもなく。
ただ叩かれながら真っ直ぐと目の前を走る魚モドキをじっと見つめるヴァンの視線に、耐えられなくなったモンスターはとうとうギャッと悲鳴をあげた。そして忙しなく脚を動かすのはそのままに、急転回する。

 

「そろそろ諦めるかな~?っと―そら、見たまえ!こちらへ来たぞヴァン!今日こそ私の手柄だなッ!」

 

「アッハッハ!!ちょっとかわいそうだな!」ととどめに聞こえてきた本当にかわいそうなのかと言いたくなる様な声をきっかけに、モンスターはヴィルヴァーレの言葉通りのまま彼に突進してきた。

 

このモンスターが高度な知性を持っているかどうか、そして複雑な感情を持っているのかどうかは知る由もないが、高らかに笑うへらへらした男にどうにかして一泡吹かせてやろうという気概を感じる勢いだ。―それにモンスターにはこの状況を変えることができる勝算があった。

 

それを知ることもなく、ぬるぬると体液を撒き散らしながら己の方へ向かってきたモンスターを前に、メイスを思い切り振り下ろしたヴィルヴァーレの豪快な笑い声が響く。
と、同時に、モンスターがやけくそに見えながらもちゃんと勝算を持っていることを知っていたヴァンの溜息と、モンスターの体が重力と腕力で凶器となったメイスにつぶされる音が聞こえる。

 

そして頭を硬い銀のメイスでミンチにされたモンスターの体が、潰されて地面に伏すかと思いきや、潰されていない無事なほうの体を自ら引き裂いて真っ二つになり

 

「お前の手柄はモンスターを増やすことか?」

「うっそだろぉ~」

 

分裂した後はミチミチと傷を再生させていく音も聞こえた。
分裂―それは基本的にスライム型のモンスターが得意とさせる無性生殖を備えたもののみができるやっかいな特性である。あいにくこの魚モドキはその特性を持っていた。

 

彼らは事前にその情報を手にしていたのだが。

 

初めて知りましたといわんばかりに、あらー、と声を漏らしたヴィルヴァーレと、その隣で立ち止ったヴァンの目の前には、頭を潰される前の姿に戻ったモンスターが綺麗に2体揃う。
先ほどの必死さはどこへやら、最初は二人に発見されてすぐ逃げたにも関わらず、反撃に思い切り数が増えれば恐怖は消えたのか、体液を撒き散らしながら威嚇をしているモンスター。

 

切れば増える。ただ再生するならまだしも分裂するのだ。その分裂回数は有限ではないとしても、割と体格のいいモンスターが同じように何匹も増えれば厄介だろう。

 

しかしいきりたつモンスターを横目に、ヴァンはひるむことなく剣を抜く。

 

「何か言うことは?」

「これで2対2、正々堂々勝負だ!!!」

 

そしてグッと親指を立てて言い切ったヴィルヴァーレの膝裏を華麗に蹴り走り出した。よろけることなく蹴りを受けたヴィルヴァーレはすぐさまそれに続いた。

 

有限であるならばただ倒せばいい。それに分裂できるくせに最初から逃げるのならばよほど臆病なのか―それとも分裂回数が極端に少ないか、核を破壊すれば分裂できないタイプかだ。

 

勢いよくヴァンに続いたヴィルヴァーレだが、冷静にモンスターを分析していたヴァンの剣はもうすでに2体ともの核を切り裂いた後だった。
分裂も再生もすることなく、核も何もかも細切れにされ転がった死骸の中で佇むヴァンは、ヴィルヴァーレを一瞥する。

 

「やはり今日は俺の手柄だったな」

 

そう言って剣についた血と肉片を一振りで払った彼に、ヴィルヴァーレは悔しがるわけでもなく「ほんとだな!」と飄々と笑って帰路に着く準備をするのだった。

 

 

***

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