悪ノ化身 2

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北には連なる山脈、東には人の営みが伺える街、南には砂丘のある海、西には未開の大地。
そんなアルド大陸の北と東のちょうど間に位置するところに、彼ら―ヴァンとヴィルヴァーレは住んでいた。

アルド大陸は世界中で最も小さかったが、それでも大陸中を歩き回るには、1日たりとも休まなくとも半年以上はかかる。
それも、モンスターに会わず、宿も簡単に取れ食料も気にしなくていいような状況ならばの話だ。

数ある大陸の中で、面積は負けているくせにモンスターの多さでは随一を誇り続ける不名誉な場所。それがアルド大陸だ。そんな場所で何の障害も無く移動できるなんて幸運なことは、全ての人生の幸運を使い果たしたとして叶うはずがないだろう。
もしかすると他の大陸ならば、一個人の全てのスキルを運に振り切っていれば、ひょっとするとひょっとして、幸運と慈悲の女神ノルドが微笑むどころか満面の笑みで見守り続けてくれるならば、どうにか、と言ったところではあるが。

はたしてヴァンとヴィルヴァーレは女神ノルドに微笑まれるのか。満面の笑みで延々と見守っていただき、その恩恵を受けることができるのか。

「いやああああああママぁああああああ!!!」「おお、死と冥府の神ディオスよ、どうか二人を返したまえ!」「ヴァンさんたちが死んだー!!!!」「医者!いや癒しの力を持った奴はいたか!?いない!うわーん!」

受けられなかった。

結果はご覧の通り。全身血まみれ。モンスターの肉片と粉砕された骨のカスと血液で彩られた足跡。到底無事とはいえない様相でアルケ村―二人が住む村だ―に帰った二人は、村の入り口付近から次々に頬を掻いたり溜息を吐いていた。

女神の微笑などどこへやら。彼らに振り向くのは物々しい雰囲気と尋常ではない様子を見て怯えるアルケ村の住人だけである。

「ちょっと張り切りすぎたかな!」

「勝敗は?」

「あー。ヴァンくん数を数えたかね?」

「どっちが先に着くかしか考えてなかった。」

「なら引き分けだな!!」

数々の悲鳴を浴びながらも二人はズンズンと村の中を進んでいく。
村人は皆、怪我はないか心配して声をかけるのだが、ヴィルヴァーレとヴァンはいつものことだと答えるだけだ。血を拭う布や怪我の薬を片手に顔を出す村人たちの厚意に礼を述べながら笑い飛ばしている。

「あんたら朝から見えないと思ったら、こんな姿で帰ってきて!東の副町長がきたって本当だったのかい?」

「ご名答さマダム!朝からいい運動になった!依頼のモンスターも倒してきたし、あとは報告するだけだぞっと。」

「畑あらされたり城壁ボロボロにされたり、どこもかしこも嫌なことばかりねぇ、まったく。ま、うちにはあんたらがいるから大丈夫かしら!ちょっとこの子が心配だけどね!」

バン!と背中を叩かれたヴァンがふらつく。
マダムの太い腕はなかなかの衝撃力を誇っていた。帰路で出会ったどのモンスターよりも強いのではないかと思いながら、ヴァンはヴィルヴァーレに背をさすられながら肩をすくめる。

「ぼーっとして怪我しないか気が気でないよあたしは。」

「あっはっは!わんぱくな子を三人も育てた貴方の腕っぷしが強すぎるのさ!」

大笑いする二人に挟まれながら、ヴァンは赤やら青やら紫やら、色とりどりのぬるついた液体で彩られた自身の身体を眺める。暫くしてそれに気づいたヴィルヴァーレが、去るマダムの姿を見送りながら頭をかいた。

「先に血を流してくるか?」

「依頼人を待たせることはいけない。俺は先に行く。」

宿屋の方向を視線で指すヴァンはそこで今か今かと自分たちを待ち続けているであろう気の弱そうな壮年の男を思い浮かべた。己の身なりより仕事のことが最優先だ。相手を安心させてやらねばならないと、彼の信条に従って宿屋を目指す。
ヴィルヴァーレはうーんと唸った。
確かに依頼人を待たせている。今回彼らに仕事を持ってきた依頼人は、遠く離れた東の街より来ているのだ。帰りが遅くなると危険である。
だが、うんとすぐには頷けないほど、二人は汚れていた。それに汚れているならまだしも、ヴィルヴァーレにはもう一つ頷けない理由がある。

「そうか・・・なら私だけでも血を流してこよう!このままだと村の子ども全員の目が酷く腫れることになりかねないしなあ。」

「こども。」

「そ!さっきから私の服を離してくれなくてね!ヴァンの着替えも持ってくるから、話が終わったら宿屋で風呂でも貸して貰いたまえよ。私よりお前が怖い!ただでさえ子ども受けしないんだから気をつけたまえ~!」

「・・・。」

ヴァンはヴィルヴァーレが指した先―不安そうな表情で自分を見上げる複数の子どもたちに気づいて足を止めた。ヴィルヴァーレの服をしわくちゃになるほど握り締めているのは、二人が帰って開口一番に泣き叫んでいた子たちか。
見下ろせばビクつくその姿に、怯えられているなと溜息を吐く。とはいえ特に何を思うわけでもないのだが、力なきものをむやみやたらと怯えさせること、これも彼の信条に反している。

「わかった。」

先ほど気を利かせてくれた村人から貰った布を取り出したヴァンに、子どもの表情が徐々に明るくなった。気休め程度にしかならないが、見える部分だけでも綺麗に拭うと雰囲気が変わるらしい。
ころりと態度を変えて手を振る子どもたちと笑うヴィルヴァーレを背に、ヴァンは足早に宿屋へと向かった。

ヴィルヴァーレが泣きつく子どもを宥めて家に戻り、血を流すまでに副町長との話は終わった。えらく感謝されながら報酬を受け取り、彼らに日が暮れる前に帰ることを促してから部屋を出た後は、ヴィルヴァーレがくるまで風呂場の住人となっていた。

濁る湯を何度か張り替え、宿屋の厚意で用意された水を口に含む。血の臭いが流れれば、鼻の奥がすっきりした気がして、一度スンと鳴らした。

早朝、ヴィルヴァーレとともに日課である村周辺の見回りをし終わった頃だろうか。

アルケ村から約15kmほど離れた東の街。わざわざ護衛の兵士を何人も雇って、朝霧も晴れないうちからやって来たそこの副町長。
村を守る対モンスター用の魔術や罠のチェックもし、さあ朝食だと家で作ってきたサンドイッチを頬張って村の門の上で寛いでいたとき突然やってきた彼らからの依頼に口を止め、顔を見合わせた二人。

少し離れた場所ではあったが、一もなく頷くヴィルヴァーレにヴァンも続いてすぐに出発した。
勿論、依頼されたモンスター以外にも道中にはうじゃうじゃと害獣たるものたちがいる。襲ってくるそれらを排除しながらの移動。そして始まるモンスターとの追いかけっこ。
早朝に出たはずにもかかわらず、村に戻る途中すでに太陽は真上で輝いており、二人の腹の虫は仲良く鳴いていた。

「空腹で倒れそうだ・・・。」

「すっまんすまん!いやあ、肌が白いとほんと茹で上がってるように見えるなあ。」

宿屋の主人に借りた扇でぱたぱたと顔を煽ぎ、布一枚でデッキチェアーに横になるヴァンは、ようやく来たヴィルヴァーレから着替えを受け取る。
こびりついてカピカピになった髪も元通り、肌も何もかもすっかり綺麗になっていた。ただその皮膚は湯に浸かりすぎてふやけきっていたが、ヴィルヴァーレは悪びれた様子もなく笑顔で謝るだけだ。

「迷惑をかけたな。水ごちそうさま。」

「いいってことよぉ。今度太客でも紹介してくんなぁ。」

「道行くもの全てにここを紹介しておくさ!」

宿を出て村の中心にある酒場を目指す二人。数秒おきにぐるぐると腹のなる音が、村人たちの笑いを誘った。

「お前が話を聞いていないのは最早息をすることと同じようなものだな。」

「聞いていたさ!ただ忘れていただけだぞ~。まあ、ヴァンが覚えてくれるからいいじゃあないかね。」

「いい・・・のか。それは。」

「いいんだぞ!ほら、早く腹の虫を黙らせに行くべきだとは思わないかね?さっきからご機嫌斜めだぞ~、そいつ。」

「お前もだろ。」

―酒場 アレグリア―

アルダー(榛の木)製の板に焼印で書かれた看板が打ちつけられた店の扉をくぐりながら言い合う二人を、一気に喧騒が包む。見た目だけならばこじんまりとしているが、店内は外からも分かるほど賑わっていた。
己の頭をぶつけないよう背を少しだけ丸めて扉をくぐったヴィルヴァーレは、ぐるぐると腹をならすヴァンの背中を押しながらお気に入りの席に進む。

「よおお二人さん!今日はわざわざ東の方に行ってたんだって?!」

「ああ!私たちがいない間こっちでは何もなかったか?」

「あったんだよそれが!さっき血まみれのグールが村に出たってうちの女房が血相変えてたぜ!」

「あっはっは!安心したまえ、そのグールはもう綺麗さっぱり血を流してるし人も食わんさ!」

「人間じゃなくて美味い飯食いにくるグールなら大歓迎だよなあ。」

顔見知りしかいない見慣れた景色の中、ヴァンはヴィルヴァーレたちの会話を聞きながら宿屋で受け取った報酬を数える。子袋に入れられた銅貨が鈍い音を立ててきっちり半分に分けられた。
何度か枚数を確かめ直したあと、酔っ払いと会話しているヴィルヴァーレの脇を小突いて渡せば、当の本人は思い出したように報酬を受け取って、―そしてへらっと笑うと、適当にその中から数枚掴んで返した。

「数え間違いだ、うっかりさんめ!ほら。」

「間違ってないぞ。うっかりはお前だろ。」

たどり着いた席に座ろうと、椅子を引いたところで止められたヴァンは、その返そうとした手を掴んで止める。だがヴィルヴァーレは再度「間違っているさ。」と言って銅貨を返そうとする。
ヴィルヴァーレの言いたいことは分かっていた。引かれたまま所在なさげだった椅子に座るヴァンとそれに続くヴィルヴァーレ。ちなみに両者の手はつかみ合ったままである。

「報酬は半分。最初に決めたことだ。」

「私は報酬はがんばった方に多く渡すべきだと思うがね。―って、毎回この話してるじゃないかあ。自分が少ないときには何も言わないくせに私のときだけ言うのはやめたまえよ。」

「俺には必要が無い。必要最低限だけあればいいんだ。」

机の上でジャラジャラと銅貨が行きかう。
だが、ヴァンがざっと片手で移動させても、ヴィルヴァーレはそうやって寄せている端から、彼より大きな手であっさりとそれらを全て掴んで目の前に戻すものだから堂々巡りだった。

「・・・楽しそうだな。」

「お。なぁんだ、もうやめるのかね?」

「意味がない。お前が譲らないことは今までのことから学習済みだ。」

そろそろ机が摩擦して燃えるのではないかというほど何度も行きかっていた銀貨は、ようやく机の真ん中でとまった。
たれ目を更に下げさせて笑みを浮かべるヴィルヴァーレ。ひじを突いてにこにことしているその笑顔に溜息を吐くと、ヴァンは釘を刺した。

「言っておくが、多くあっても使わないぞ。」

「欲がないなぁ。3年経って少しは変わったと思ったんだがね。」

「残念ながら、変わったのは本当に少しだけで相変わらず無欲だ。だから、こういうものは必要としている者が持ち、価値を発揮させるべきだ。・・・と前に読んだ本に書いてた。」

「本を読み得た知識を惜しみなく発揮することはすばらしいことだが、他者から借りてきた言葉は真の言葉より薄っぺらいんだぞ。覚えておきたまえ。」

いたっ。額を襲ったデコピンにヴァンが怯む。その隙にヴィルヴァーレは銅貨を掬い、ヴァンの小脇に抱えられた鞄に投げ込む。ナイスシュートだ。
無表情のヴァンとは対称的に、にっこりと笑ってその手を机の上に戻すヴィルヴァーレは上機嫌だ。

「必要ないと言っているのにそうも渡したくなるってどんな心境なんだ。理解できないな。」

「いらないと言われれば尚更渡したくなるのが性(さが)なのだよ!使えばいいさ。ヴァンの好きなことで。」

「それがないからこうして―」

「まーあまあ。さっ!今日は私のおごりだ、好きなだけ食べたまえよ」

机の端に置かれた少しよれたメニューがヴァンの唇に押し付けられる。かさついた紙切れの感触に反論する気力をそがれ、ヴァンはそのまま黙る。唇は「な」の形で固まったままだ。
人の口にメニューを押し付けたまま、つらつらとフード一覧を読み始めたヴィルヴァーレに、目を細める。溜息を飲み込んだヴァンは、それから暫くして目の前で平然とどれを食べようか悩んでいる男から目を離すと、カウンターに声をかける。

「いつものを頼む。量は3倍で」

分厚いメニューの紙でくぐもったその言葉に、ヴィルヴァーレから引き攣った声が上がった。

 

***

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