悪ノ化身 3

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食器の山。山。山。項垂れたヴィルヴァーレ。そしてまた食器の山。
連なる食器山脈にヴィルヴァーレは前髪をぐしゃぐしゃと掻いた。食事を終え、優雅に水を飲み、机の総面積の9割は占めている山積みになった空の食器越しに淡々と告げるヴァンにひたすら乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

「言われたとおり好きなだけ食べてやったぞ、お前の奢りでな。」

「うーん散財!!」

かくしてヴィルヴァーレの今日の報酬の殆どが消えていく。軽くなった財布にもういっそ大笑いするしかないと笑うヴィルヴァーレと、その様子に肩をすくめるヴァン。

「だから半分でいいと言ったんだ。素直に受け取れば後悔しなかったのに。」

「それは譲れないのだよ・・・私の財布が悲鳴を上げたとしてもね・・・ハハハ。」

「悲鳴を上げたのは財布かお前か・・・。」

バッと顔を上げたヴィルヴァーレが吼える。
天高くそびえる食器を机の端に押し退け、大量の食事を収めたヴァンの腹を指差せば、当の本人のそこは多少膨らんだ程度で物質的な法則を無視していた。

「私さ!この大食漢め!まったく、私よりも食べるとは。お前の食道から先は異空間にでも繋がっているんじゃあないかね?」

「そんなことに空間魔法を使うのは非効率だ。愚か者のボーボじゃあるまいし。」

「ああ、御伽噺のボーボか。あれ実在してたって知ってるかね?」

ヴィルヴァーレもなかなかの大食漢なのだが、それに負けず劣らず、いやそれを凌ぐほどヴァンは大食らいだった。20人前は優に超える食事をとって、更にごくごくと大量の水分を取った彼の食らいっぷりに、先ほどまで酒場はお祭り状態。今も興奮冷めやらぬようで、酒場中のいたるところから歓声が上げられていた。

「なら俺も御伽噺に名を刻むか。」

「おおーっと!まだ食べるのかねヴァン!?いや、私に二言は無いからかまわないがね!」

「いやいやこれ以上はウチが困りますんで!勘弁してください!」

ヴィルヴァーレとヴァンを慌てた声が遮る。悲鳴を上げながら登場した店主がブンブンと首を横に振って、上げかけられたヴァンの手を掴んだ。冷や汗をかくその必死の様子に、酒場全体がドッと笑いに沸く。

「おいおい無粋な真似はよせ、ヨォ!!?」

「過労死させるつもりかっつーの!煽らないでくれます!?」

「がんばれよぉジェミニィ~!」

先ほどまでひたすらヴァンが注文した料理を必死に作り続けていた店主の手刀が、近くで続きを促す酔っ払いたちを襲う。
ワイワイとまたうるさくなる店内。フードファイトの次はリアルファイトだった。

「今日もヴァンさんの勝ちだったんッスね!ヴィルさんこれで何敗目ッスか?」

「少年よ、この世の中勝敗が全てではないぞ~!それに数なんて忘れて―。」

「58勝176敗だったか。」

「違う59勝175敗だぞ!」

喧騒の中、今まさに乱闘を繰り広げる店主―ジェメリと同じ顔をした青年が言い合うヴァンとヴィルヴァーレにケタケタと笑う。綺麗に平らげられた食器を片付けるこの青年はジェメリの双子の弟だ。彼らはこの酒場を二人で切り盛りしていた。今片方は彼らの後ろで酔っ払いたちを締め上げている最中だが。

オレンジ色のツンツン髪を揺らしながら、ニシシッといたずらっ子の笑みを浮かべるジェミオスは、あとからやってきたジェメリを隣に仲良くヴィルヴァーレを小突いた。

「ヴァンさんの本気モード忘れてたでしょう。いやウチも忘れてたんですけど。」

「私が好きなだけと言ってしまったからな・・・まあいいんだがね。はい、代金。」

伸びてきた手の上に財布の中身を全て出す。からからと財布を逆さにして振るヴィルヴァーレに同じ声色の高笑いが二つあがった。

「まいど~!まあまた次もがんばってくださいね!」

「ウチらも楽しみにしてるんッスから!」

討伐依頼をこなして帰ってきた日には必ず、手柄を取った方は奢って貰う事ができるというヴィル発案の決め事の元に、1年前から始まったこの日夜行われるフードファイト。いまや村の名物だった。特にヴァンが好きなだけ食べるときは鬼のように忙しくなるのだが、その分売り上げも段違いになるので双子の機嫌はいい。
最も、普段からこの双子は二人に懐いているので、彼らに対して機嫌が悪くなるということはありえないことなのだが。

「今日の報酬分食べたな~!うん、暫く外食を控えよう、ヴァン!」

「無くなればまた稼げばいいだけだ。それにお前の金がなくとも俺のがあるだろ。」

ひらりと精密に描かれた絵を一枚、眼前で仰ぐヴァンは小脇においた鞄から本と羽ペン、そしてインクと糊の小瓶を出すと、その写真とも思える絵―今日討伐したモンスターが描かれている―を裏返した。
随分使い古されたたその本を、双子の見事な手際によってすでに綺麗にされた机の上に丁寧に置いて開けば、すでに3/2ほどのページが埋められていた。
しおりが挟まったページを開き、さきほど新たに増えた絵に今日の日付をかき、糊で貼りつけたその目がすっと細められる。

「有難いことだぞ。3年経っても買ったときと同じぐらい綺麗なままだ。大事にしてくれてるのがよくわかるな!」

「書かれてる文字は酷いけどな。下手すぎて読めない。」

「あっはっは!味があっていいじゃあないか!日記とは歴史だぞ。それもヴァンだ。ぶっくくく・・・!」

重々しく金箔で装飾を施された赤の表紙を開けば、最初は絵こそないが今よりかなり下手糞な文字と箇条書きのような文章が書かれている。二人で見返して、ヴァンは無言、ヴィルヴァーレはさも愉快だといわんばかりに腹を抱えて笑う。

「いやあ、懐かしいなあ。大切にすると受け取ってくれたときのお前の無愛想な顔に冷たい声と言ったら・・・!あの頃とは随分変わったものだよ。」

「変わったか。自分ではわからないが・・・何だその生暖かい視線は。」

ゆるりとした動作でアルバムを閉じるヴァンに、ヴィルヴァーレは一本だけ指を立ててチッチと横に振る。

「残念、これは生暖かい視線ではなく子の成長を見守る親のような視線、と覚えておきたまえ!」

「お前は俺の父親だったのか・・・。生物学上男は子を産めないはずだが・・・いや、そういえば以前読んだ本にあったな、男が妊娠するというやつが・・・。」

ヴィルヴァーレが変な声を上げる。髪を乱暴に髪をかき乱した後、カウンターへ向けられたその固い笑みに、ジェメリは首を傾げ、ジェミオスは慌てて兄の背に隠れた。

「ヴァンに変な本を渡したのは誰だろうな~ヴァンは嘘でも何でもすーぐ信じるし本当に困るんだぞ~。なあジェミオス、君は酷いことをする犯人に心当たり、あるんじゃあないかね~?」

「あの本はフィクションか。ジェミオス、先に言ってくれれば間違えなくてすむんだが。」

本人が白状する前にヴァンが暴露してしまった。首が取れるのではないかというほど必死に縦に振ってヴァンに頷く姿に、まったくと額を手で押さえてうなだれたヴィルヴァーレ。ジェミオスは兄とカウンターの影に隠れて、すっかり姿を消してしまった。ヴィルヴァーレの拳骨を避けるためだ。

「そのズレはどうにかしないとなあ。・・・っと、ヴァンが悪いわけじゃないぞ!ズレは個性でもあるが、常識は時として人の身を守るのさ。世間一般の感覚を知っているに越したことはないのだよ。」

「これでも会話が成り立つくらいにはなったんだけどな。・・・読む本をもう少し増やすか。」

「読む前にぜひとも私に一読させてくれたまえ。知らず知らずのうちに変な知識を覚えてしまうことになると本末転倒なのでね!」

素直に頷くヴァンに安心して、ヴィルヴァーレは椅子に背を落ち着けた。
ヴァンは普通の人間がいる認識の位置から思いっきり、全く違う位置にずれている男だった。そのズレの大きさも本人に非があるわけではない。

ヴィルヴァーレはそのズレを矯正することにこの3年間をつぎ込んでいた。
常識からずれていると下手をすれば命を落とすことだってあるのだ。―とはいえ、今日のことは命の危機とはまったく関係がないのだが。正しておかなければ恥をかくことがある。頭の中で矯正計画を立てるヴィルヴァーレは、溜息を吐いた。

まず家に帰ってから本を捨てる。これは確定だ。いや捨てるよりジェミニに返した方がいいな?あとは、いや、・・・先に―これがヴィルヴァーレにとってもヴァンにとっても大事なことなのだが―他にもずれた知識を得てないか聞いておく必要があるな。

そう考えて顔を上げたヴィルヴァーレ。だが肝心のヴァンはカウンター横の壁にあるボードに意識を向けてしまっていた。そしてヴィルヴァーレが口を開く前に別の話題を口にする。

「最近やけにモンスター討伐が多いな。」

残念ながら矯正の機会は奪われた。口をつぐんだヴィルヴァーレはヴァンの視線を辿ってボードを見る。木製のコルクボードにはおびただしい数の依頼書。一面に貼られたそれらに、まあ後で話せばいいかと思い直しながら、ヴィルヴァーレはそこに書かれた文1つ1つを流し読んだ。

「確かに多いな。最初は人探しとか落し物探しとか、そういうのばっかりだったのになあ~。ま、人の役に立つのならば、なんでもいいか・・・。」

「これ、モンスターが増えたのか、俺たちの評判が大陸に広がったのかどっちだろうな。依頼の数が急に多くなった。」

文言は大体「手助ケ求ム」「○○の排除を!」「○○討伐」だった。大半が討伐以来に変わったコルクボードをしげしげと眺めていると、ジェメリが苦笑いを溢した。

「ま~何はともあれ二人のおかげでこの村に来る人間も移住する人間も増えましたし、モンスターは減るしいいことづくめです。ウチらは無神者ですが、ノルドに仕えてもいいかなってぐらいですよ。」

幸運と慈悲の女神へ祈るようなしぐさを見せて笑うジェメリ。もしこの場に信心深い者がいたなら批難轟々だが、あいにくアルケ村には特定の神に仕えるものなどほとんどいなかった。

「最初ウチだけで何でも屋みたいなことやってたのに、今じゃあ大陸中の有名人ッスよ~。魔王どころか勇者が消えてからのこの世界でBIG3か5に入っているんじゃないッスかね?」

いつの間にか戻ってきたジェミオスも入ってくる。ひょっこりとカウンター越しに顔を出し、指を折りながらあげられる名前に、ヴィルヴァーレは後頭部をぽりぽりと掻いた。褒められることでもないことを褒められるのは好きではないようだ。居心地の悪そうなその横顔をちらりと見た後、ヴァンは依頼書に目を戻した。

「と、あと××でしょ、で勇者殺し、ヴァンさん、ヴィルさん。」

「それだとBIG7になるからアルケ村の凸凹コンビでまとめた方がいいんじゃね?」

「あっほんとだ~!」

「そんな大層なものじゃあないと思うのだがねえ。私たちは私たちにできることをしているだけだぞ~。」

ケタケタと笑いあう双子の声をBGMに文字を読んでいく。長い文章もあれば短い文章もある。近所の子どものかわいらしい字からどこかの国の仰々しい硬い文言の字まで何でもありだ。本当に大陸中で有名になっているらしかった。

たった3年で本当にBIG7に入ってしまったのか。ひしめく文字にヴァンはジェメリたちの言うことが過大評価でないように感じて、この3年間を思い出しながらぼんやりと依頼書を見つめる。

人型モンスター、なくし物、猫探し、ドラゴンの巣・・・。ぴたり。
そこでヴァンの視線は止まった。
ヴィルヴァーレも、止まったヴァンに倣って固まる。同じ依頼書を見つけたようだ。二人の視線を射止めた依頼書には、こう書かれてあった。

―勇者殺し―

先ほどジェミオスの口からあがったその名前が、依頼書の真ん中にデカデカとある。ヴィルヴァーレは立ち上がってわざわざその依頼書を手に取った。ヴァンもそれに続いてボードの前で佇むヴィルヴァーレの隣に立つ。
巨体ゆえに背後から依頼書を覗き込むことはできないので、自身の目の高さまで下げてもらっていたが。ようやく目線が定まったところで、二人してまじまじと依頼書の内容を読み直した。

「勇者殺しの討伐?」

最初に声をあげたのはヴィルヴァーレだ。笑顔を浮かべてはいるが、その眉間には皺が寄せられているし、声は欺瞞に満ちている。

勇者殺し―それは2~3年前から急速に大陸全土を駆け抜けた名前だった。

「最近もっぱらのうわさッスよソレ。勇者殺しが再び現れた!てね。」

「ヴィル。」

「ああ。―これはちょっと物騒な案件だなぁ。」

真面目な声色で食い入るように依頼を見つめるヴィルヴァーレは、その金の瞳をすっと細めた。二人の雰囲気が変わったことに気づくものはこの酒場にはいない。
思案にふける二人を余所に、ジェメリは食器を洗いながら肩をすくめ、ジェミオスは嫌悪感にまみれた表情で眉をひそめる。

「1~2年前各地で起こった勇者殺し、ぜーんぶそいつの仕業だって言われてますよ。」

「中には本物の勇者がいたんじゃないッスか?まあホント迷惑な話ッす。討伐依頼が来るのもそりゃ当たり前ッスよ。」

「こういうやつが生きてるってだけで正義やら罪やらの神がいるって信じてるやつらが馬鹿に見えてきますよ。」

「神より悪魔がいるって言われたほうが信じれるッス。」

「討伐といっても、この姿、どう見ても人間じゃあないか。」

ヴィルヴァーレは依頼書をヴァンに渡した。そこに描かれていたのは全身黒の男。顔ははっきりとしていないものの、服装や大体の特徴が文と絵で記されていた。ヴィルヴァーレの言葉通り、人間の姿かたちをしている。

「ボロボロの服装に長い耳、大剣が特徴・・・・」

顔を上げたヴァンはその特徴を読み上げる。自身も全身黒で統一しているので、どこか共通点を感じた。ふと、黒い瞳が動きを止める。

「私たちはモンスター以外の討伐を受ける気はないな~。この依頼は蹴ろう!」

「勇者との関係者らしき奴は魔物も人間も関係なし。何人か殺してるらしいッすし、人間でも死刑ものッすよ?」

「それでも人である以上駄目だ。というか本当に勇者殺しかねこの男は・・・話によると勇者殺しは勇者と思わしき人間しか相手にしていなかったらしいじゃないか。」

「血のように赤い眼。」

会話を余所に呟く。ヴィルヴァーレは「ん?」と不思議そうな顔でヴァンを見た。

「そうは言いましてもね、だってその男の口癖がですねえ?」

「銀髪に色の抜け落ちた肌か。なるほど。幽鬼のようだな。」

「ちょっと聞いてるッスかヴァンさーん?」

ぐっと顔をしかめたジェメリと手を振るジェミオスを尻目に、依頼書に目を通しなおしたヴィルヴァーレは怪訝な表情でヴァンの横顔を見つめた。

「・・・それ、どこに書いているんだ?」

「書いてない。」

一点から動かないその視線を辿る。ヴィルヴァーレは顔を引き攣らせた。

「ヴァンさんヴィルさん?聞いてくださいってば!そいつの口癖、ゆ」

「勇者はどこだ。」

えっ、とジェミオスが固まる。ジェメリは自分の台詞を取った低い声に目を点にした。
水を打ったように酒場の空気がしんと静まる。地を這うようなその低さに、全員が息を詰まらせた中、明け広げられた酒場の扉―そこから逆光を背に佇んだ黒い男の姿に向かって、ヴァンが指を指した。

「ご本人の登場だ。さっきからいたぞ、あそこに。」

「・・・あー、うん、そうだな。でもヴァン、あれだ。こういうのはな・・・。」

背に負った大剣を抜く黒い影。シュルリ!鞘を伝う金属の擦れる音に、全員の身の毛がよだった。

「先に言わんといけないんだぞ、ほんとはなッ!」

ようやく自体を飲み込めた人々が悲鳴を上げる。騒然とした場の中で、男の爛々と光る紅い瞳は、ヴァンを捕らえていた。

 

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