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悪ノ化身 3

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暫くして、食事を終えたヴァンは机の端っこに追いやられたグラスで水を飲み、机の総面積の9割は占めている山積みになった空の食器越しに淡々と告げる。

 

「言われたとおり好きなだけ食べてやったぞ、お前の奢りでな。」

「うーん散財!!」

 

少しだけ垂らされた前髪をかきあげながら、ヴィルヴァーレは今日の報酬の殆どが消えていった事実に乾いた笑い声しか出てこない。食器の山越しにいつもより勢いなく笑うその声に、ヴァンは何を思うでもなくグラスを傾ける。

「だから半分でいいと言ったんだ。素直に受け取れば後悔しなかったのに。」

「それは譲れないのだよ・・・私の財布が悲鳴を上げたとしてもね・・・ハハハ」

悲鳴を上げているのはお前だろ。と思いながらも、言葉は返さずにおく。
ヴァンの食事量は常人より多い。

ヴィルヴァーレも体格ゆえに大食漢なのだが、それに負けず劣らず、いやそれを凌ぐほど彼の胃袋は大食らいなのだ。

20人前は優に超える食事をとって、更にごくごくと大量の水分を取った彼の食らいっぷりに、先ほどまで酒場中のいたるところから歓声が上げられていた。

 

「まだ食べられるが、どうする?」

「いや~これ以上はウチが困りますんで勘弁してください!」

 

ヴィルヴァーレに向けられた問いは、慌てた声に遮られる。悲鳴を上げながら登場した店主が、ヴァンに向かってブンブンと首を横に振っていた。その必死の様子に酒場全体がドッと笑いに沸く。

 

楽しげな声を背に、先ほどまでひたすらヴァンが注文した料理を必死に作り続けていた店主は、近くで続きを促す酔っ払いたちを引っ叩いた。

「過労死させるつもりかっつーの!」

「頑張れよぉ店主サン〜!」
ワイワイとまたうるさくなる店内。

喧騒の中、慣れたようにくつろいでいるヴァンとヴィルヴァーレの前に、今まさに乱闘を繰り広げる店主とそっくりそのまま、同じ顔をした青年が現れる。そして綺麗に平らげられた食器を彼もまた慣れたように下げ始めた。

 

この青年、名前はジェミオスという。
今、彼の後ろで酔っ払いを締め上げている店主―ジェメリの双子の弟だ。彼らはこの酒場を二人で切り盛りしていた。

 

オレンジ色のツンツン髪を揺らしながら、ニシシッといたずらっ子の笑みを浮かべてヴィルヴァーレとヴァンを見るジェミオス。

 

店の食料庫を空にしかねないフードファイトを促す酔っ払いたちを締め終わり、あとからやってきたジェメリを隣に双子は仲良くヴィルヴァーレを小突いた。

 

「アンタ、ヴァンさんの本気モード忘れてたでしょ。」
「ここ最近負け続きッすね、ヴィルさん。」

 

からからと財布を逆さにして振るヴィルヴァーレに同じ声色の高笑いが二つあがった。

 

「まあまた次もがんばってくださいね!」

「ウチらも楽しみにしてるんッすから!」

 

討伐依頼をこなして帰ってきた日には必ず、手柄を取った方は奢って貰う事ができるというヴィル発案の決め事の元に、1年前から始まったこの日夜行われるフードファイトはいまや村の名物になっている。特にヴァンが好きなだけ食べるときは鬼のように忙しくなるのだが、その分売り上げも段違いになるので双子の機嫌はよかった。
最も、普段からこの双子は二人に懐いているので、彼らに対して機嫌が悪くなるということはありえないことなのだが。

 

「今日の報酬分食べたな~!うん、暫く外食を控えよう、ヴァン!」

「無くなればまた稼げばいいだけだ。それにお前の金がなくとも俺のがあるだろ。」

 

次々と食器を運んでいき、ようやく互いの顔が見えた頃、ヴァンはひらりと精密に描かれた絵を一枚、眼前で仰いでいた。

その写真とも思える絵―今日討伐したモンスターが描かれている―を、じっと眺めていたヴァンは、少しして小脇においていた鞄から分厚い皮の表紙と羊皮紙で出来た本と、羽ペンとインクと糊の小瓶を取り出す。

 

随分使い古されたたその本は、双子の見事な手際によってすでに綺麗にされた机の上に丁寧に開いて置かれる。

 

しおりが挟まれ、途中まで同じように絵が貼り付けられたページを開くヴァン。さきほど新たに増えた絵に今日の日付をかき、糊で貼りつけた彼はすっと目を細めてそれを見つめていた。

 

その非常に大切そうにアルバムを取り扱う姿を、ヴィルヴァーレは微笑みながら見守る。

 

最初のページに書き込まれた日付は約3年前。正確に言うと2年11ヶ月と少し前。

 

重々しく金箔で装飾を施された赤の表紙を開けば、最初は絵こそないが今よりかなり下手糞な文字と箇条書きのような文章が書かれていることをヴィルヴァーレは知っていた。

 

それは、二人がはじめて出逢ったときの日付だ。

 

せっせと今日の依頼のことを書いているだろうヴァンの表情が琥珀色の瞳に映る。

その伏せられた顔は無表情ではあるが、最初の頃とは随分と違う、とヴィルヴァーレは思った。

 

大切にしよう。と受け取ったときに言った、ヴァンの今よりも無機質だった声と顔を思い出しながら机に顎をついて微笑えんでいたヴィルヴァーレに、気づいたヴァンが顔を上げて少し眉を寄せる。

 

「何だその生暖かい視線は。」

 

訝しげにしてみせるその声に、またふっと笑みがこぼれる。ゆるりとした動作でアルバムを閉じるヴァンがもう一言かけようかとしたとき、ヴィルヴァーレは片手を挙げてそれを制した。そして彼の目の前にあげた手で、一本だけ指を立てるとチッチと横に振る。

 

「残念、これは生暖かい視線ではなく子の成長を見守る親のような視線、と覚えておきたまえ!」

「生物学上男は子を産めない・・・はずだ、一般的には。それに背格好からして俺とお前に共通点は一切ない。血縁関係はないんじゃないか。あったらお前が言うはずだろう、おそらく。・・・・・いや、そういえば以前読んだ本にあったな、男が妊娠するというやつが・・・・。」

 

ヴィルヴァーレの比喩はそっくりそのまま受け止められてしまったらしい。いたって真面目な言葉が返ってくる。

 

「いや私の記憶では男は確実に子を産むことが出来ないし、ヴァンのような年の子どもを成したこともないし、残念ながら血縁関係もないぞ!そしてその本は誰から借りたのだねまったく。」

 

額を手で押さえてうなだれたヴィルヴァーレに、ヴァンは目を瞬かせて「そうか、あの本はフィクションか。」と呟いた。

 

ヴィルヴァーレがはじめてヴァンと逢ったときから、彼は世の中からかなりズレていた。そしてヴィルヴァーレは彼と言葉を交わすたびにそのズレを丁寧に正して生きてきた。

 

会話も成り立たないことが多かったのだ。彼のそのズレを言い表すならまるで断層のようだった。

 

断層とは、地割れを起こし、割れた面が綺麗にずれ動いて食い違った状態のことである。地割れは地下に眠る地層や岩盤に力が加わって起こるものだ。加わる力が大なり小なり多ければ多いほどそのズレはどんどん大きくなる。

世間一般、普通の人間が今現在地表に現れ生命が足を踏みしめている地面だとしたら、ヴァンは地割れでずれ動いて地表に突出してきた過去の地層のような男だった。だから彼はその過去の地層たちのように普通の人間がいる認識の位置から思いっきり、全く違う位置にずれているし、そのズレの大きさも人に悪気があるわけではない。

 

断層と同じく、勝手に割れさせられズレが生じているのである。
だがあくまでこれは比喩であり、実際の断層のズレは人間がどうこうしようとしても無理であるがヴァンは限りなくズレを無くすことが出来る。ヴィルヴァーレはそのズレの原因を知っているからこそ躍起になって彼のズレを少しずつ少しずつ無くしていったのだが。

 

そのズレは再び生じさせられた。どこの誰ともわからぬものの変な本のおかげで、ヴィルヴァーレが気づかないうちにヴァンの認識が歪められ、しかも危ない方向にずれかけていた。

 

ヴィルヴァーレは溜息を吐いて、今日帰ったらその本を捨てておこうと決めながら、変な汗をかいている双子の片割れにさわやかに笑いかける。

狭いコミュニティであるこの村では殆どの人間が知り合いといったものなので、読書家のヴァンに本を薦める人間は沢山いるが、変な本を渡してくるのは大体この双子のどちらかだ。

 

―犯人は君だな?言外に責めるその笑みにジェミニはカウンターの奥に引っ込む。

 

反応は雄弁に語る。犯人がわかったところで、さてと、と顔を戻し今後の予定もといズレ矯正計画を立てるヴィルヴァーレ。

 

まず家に帰ってから本を捨てる。これは確定だ。いや捨てるよりジェミニに返した方がいいな?あとは、いや、・・・先に―これがヴィルヴァーレにとってもヴァンにとっても大事なことなのだが―他にもずれた知識を得てないか聞いておく必要があるな。と思いつく。
そう考えたヴィルヴァーレだったが、肝心のヴァンはいつの間にかアルバムも何もかも片付け、カウンター横の壁にあるボードに意識を向けてしまっていた。そしてヴィルヴァーレが口を開く前に別の話題を口にする。

 

「最近やけにモンスター討伐が多いな。」

 

残念ながら矯正の機会は奪われた。ヴァンの視線を辿って律儀にボード―木製のコルクボードで、そこにはおびただしい数の依頼書が貼られている―を見て、後で話せばいいかと思い直しながらも、ヴィルヴァーレは依頼書の内容1つ1つを流し読む。
ヴァンの言う通り、討伐系の内容が多い。文言は大体「勇士求ム」「○○の排除を!」「○○討伐」だった。ご丁寧にヴァンとヴィルヴァーレを名指ししているものもある。

 

といっても、このコルクボードに貼られた依頼書は、大体が彼ら宛なのだが。

 

「ま~二人のおかげでたっくさん仕事はありますからね。」

「最初村で何でも屋みたいなことやってたのに、今じゃあ大陸中の有名人っスよ~。魔王どころか勇者が消えてからのこの世界でBIG3か5に入っているんじゃないッスかね?」

 

いつの間にか奥から戻ってきたジェメリがひょっこりとカウンター越しに顔を出してくる。そしてジェミオスが指を折りながら世界的に有名なものの名前をあげる。

 

「と、あと××でしょ、で勇者殺し、ヴァンさん、ヴィルさん。」

「それだとBIG7になるからアルケ村の凸凹コンビでまとめた方がいいんじゃね?」

「あっほんとだ~!」

 

ケタケタと笑いあう双子の声をBGMにヴィルヴァーレとヴァンはまだ依頼の内容に目を通していた。長い文章もあれば短い文章もあるし、子どものかわいらしい字からどこかの国の仰々しい硬い文言の字もあるのだ。

 

人型モンスター、なくし物、猫探し、ドラゴンの巣・・・そんな中で、二人の視線を同時に射止めた文字があった。二人は同時に心の中で復唱する。

 

―勇者・・・勇者???

 

ヴィルヴァーレは立ち上がってわざわざその依頼書を手に取った。
ヴァンもそれに続いてボードの前で佇むヴィルヴァーレの隣に立つ。巨体ゆえに背後から依頼書を覗き込むことはできないので、自身の目の高さまで下げてもらって二人でまじまじと依頼書の内容を読み直した。

 

それほどまでこの単語は二人にとって特別なものだったからだ。

 

「勇者殺しの討伐?」

 

最初に声をあげたのはヴィルヴァーレだ。いつもどおりもはや癖になっている笑顔を浮かべてはいるが、その眉間には皺が寄せられているし、声は欺瞞に満ちている。

勇者殺し―それは2~3年前から急速に大陸全土を駆け抜けた名前だった。

 

「最近もっぱらのうわさッすよソレ。」「勇者殺しが再び現れた!てね。」

「ヴィル。」

「ああ。―これはちょっと物騒な案件だなぁ。」

 

真面目な声色で食い入るように依頼を見つめるヴィルヴァーレは、その金の瞳をすっと細めた。二人の雰囲気が変わったことに気づくものはこの酒場にはいない。
思案にふける二人を余所に、ジェメリは食器を洗いながら肩をすくめ、ジェミオスは嫌悪感にまみれた表情で眉をひそめる。

 

「1~2年前各地で起こった勇者殺し、ぜーんぶそいつの仕業だって言われてますよ。」

「中には本物の勇者がいたんじゃないッすか?まあホント迷惑な話ッす。討伐依頼が来るのもそりゃ当たり前ッすよ。」

「討伐といっても、この姿、どう見ても人間じゃあないか」

 

依頼書をヴァンに渡したまま、ヴィルヴァーレと双子は話し込む。そこに描かれていたのは全身黒の男だ。顔ははっきりとしていないものの、服装や大体の特徴が文と絵で記されていた。

 

「ボロボロの服装に長い耳、大剣が特徴・・・・」

 

顔を上げたヴァンはその特徴を読み上げる。自身も全身黒で統一しているので、共通点を感じながらも店の外へ目を向けた。ふと、黒い瞳が動きを止める。

 

「私たちはモンスター以外の討伐を受ける気はないな~」

「勇者との関係者らしき奴は魔物も人間も関係なし。何人か殺してるらしいッすし、人間でも死刑ものッすよ?」

「それでも人である以上駄目だ。というか本当に勇者殺しかこの男は・・・話によると勇者殺しは勇者と思わしき人間しか相手にしていなかったらしいじゃないか」

 

そんな会話を聞き流しながら、ヴァンは依頼書から目を離したままだ。

 

「血のように赤い眼」

 

そうしてまたあげられた特徴に、ヴィルヴァーレが首を傾げてヴァンの方へ戻ってきた。

 

「そうは言いましてもね、だってその男の口癖がコレなんですよ?」

 

ぐっと顔をしかめたジェメリを尻目に、ヴァンが追加の特徴を挙げていく。依頼書に目を通しなおしたヴィルヴァーレは怪訝な表情でヴァンの横顔を見つめた。

 

「銀髪に色の抜け落ちた肌」

「・・・それ、どこに書いているんだ?」

「書いてない」

「んんー?じゃあ何故―・・・」

 

そして一点から動かないその視線を辿って、納得する。

 

「「“勇者はどこだ”」」

 

ジェメリの声に低い男の声が重なった。その瞬間、水を打ったように酒場の空気がしんと静まる。地を這うようなその低さに、全員が息を詰まらせた中、明け広げられた酒場の扉―そこから逆光を背に佇んだ黒い男の姿に向かって、ヴァンが指を指した。

 

「だってここにいるからな」

「・・・あー、うん、そうだな。でもヴァン、あれだ。こういうのはな」

 

固まった双子の前で淡々と会話をする二人を余所に、開口一番、背に負った大剣をシュルリと抜き出した黒い影。

 

「先に言わんといけないんだぞ、ほんとはなッ!」

 

ようやく自体を飲み込めた人々が悲鳴を上げる。騒然とした場の中で、男の爛々と光る紅い瞳は、ヴァンを捕らえていた。

 

***

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