悪ノ化身 8

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男が去った後。
猪にでも追突されたふうに外の柵が壊された民家と、その正面でものの見事に入り口が損壊している酒場-アレグリア-を窓から見下ろすヴァン。
窓辺にある本棚に腰をかけ、大きなアルバムを片手に外を見るその視線は、少し前まで騒いでいた男が去って行った方向に向けられていた。

「聖剣、ほんっとーにあの男に渡してよかったのか?」

ぼーっとしたその肩を叩かれても、ヴァンの視線が動くことはない。
ヴィルヴァーレはこちらを向かないまま「ああ。」と答えたヴァンに溜息を吐くと、その隣に腰を下ろした。本棚が少し軋んだが気にしない。窓をはさんでヴァンの横顔を見る。青痣が出来た頬に、切れた唇。喉元に残ったいくつもの鬱血痕が痛々しい。
ヴィルヴァーレは、一発でも殴っておけばよかったと、今頃、絶望と希望でない交ぜになりなりながらも村を出ているだろう男の顔を思い浮かべた。
複雑な心境でヴァンと同じ方向を見ていると、ぽつりと呟きが落ちてくる。

「案外嘘はばれないものなんだな。言動が一貫していなくても上手くいった。」

「・・・へったくそだったけどなあ。」

頬をさするヴァンを叱る気にもならないヴィルヴァーレは、一言だけそう言うと本日二度目の薬箱を開ける。

そう、嘘。即興で考え付いた嘘。これ以上面倒ごとに巻き込まれないための、嘘。

あのような激情型の男にしか通用しない手だった。貼り付けたような笑顔に、淡々とした声。全く持って目は笑っていなかったし、本来のヴァンを知るものなら大笑いしたかどこか頭をぶつけたのかと心配するようなほどの盛大な嘘。

半透明の緑色の薬を唇と首に塗られながら、今日は散々怪我をしたと呟くヴァンが、またどこかの誰かの笑い顔を真似して、下手糞に笑う。

本当のことを2割。残りの8割は一度も思ったことのない嘘だった。

だがその言葉は今こうして彼の目の前で眉尻を下げて情けない表情を浮かべる男を傷つけたかもしれないし、実際傷ついているのがありありと分かる悲しい顔にヴァンは自身の相棒を酷く傷つけたなと自身の発言を反省した。
ヴィルヴァーレが傷つく本当の理由など理解できないにも関わらず、そうして理解したと勝手に思い込む。そうして、自身が傷つくことによって彼が苦しんでいることなど一切わかっておらず、そういえば渡すなと言われた聖剣も渡したし怒っていそうだなと暢気なことを考える。

笑ってごまかせるとは思っていないが、こういうとき真似事をすればヴィルヴァーレは笑い返してくれると思って笑ってみたヴァン。しかしヴィルヴァーレの表情は変わらない。

「やはり私が・・・」

何でも物事をはっきりというヴィルヴァーレが言いよどむ様子に、ヴァンは彼の表情が晴れないもう一つの理由に気づき、(といっても殆どの理由が自分の怪我であることには気づけない)無表情に戻る。

「ヴィルヴァーレ。あれは俺の記憶を取り戻すわけでもないただのガラクタだ。そしてお前にも必要ないだろ。俺は間違っているか。」

「・・・他人事だなんて言えないじゃあないか。」

「いや、他人事だ。ジークのその通りだ。俺は忘れすぎた。だが魔王が復活した今、もう一度旅に出る必要はない。勇者は現れる。」

今でも交わした言葉全て、一言一句間違えず口にすることが出来るこの3年間と、その中の2年の旅路を思い出しながら、ヴァンは切れた唇を動かす。

「俺よりお前だ。行くな。」

無表情で淡々と言うヴァン。彼は再度、真剣な眼差しで繰り返した。

「わざわざ傷つきになんて、行くんじゃない。」

3年前に負った傷を思い浮かべながら、それはお前もだろうと心で一人ごちて、ヴィルヴァーレは頷く。それに納得したのか、ヴァンは再び窓の外を見つめて、それから二人は日が沈むまでそこにいた。

一方二人の家を去ったジークは不機嫌だった。
夕日に目を細めながら、完全に自分を遠巻きにしている村人を無視して歩くその姿は怒気に満ちている。

―「勇者殺しだ。」「本当か?」「人間じゃない、どう見ても。」「いやモンスターに違いねぇ。」「でもアレグリアがあんなに・・・」―

すでに酒場での騒ぎは広まっているようだ。ズンズンと音を立てて不機嫌を露わに道行くその姿に、人々は声を潜めて囁きあっている。
得体の知れない存在に敏感な者たちは怯えていた。散々酒場を荒らしまわり一軒の民家を損壊させ、かと思えば数十分後にヴィルヴァーレとヴァンに引き摺られていった気絶中のジークの姿を見た者たちが、知人や友人に一部始終を伝えたのか、あたり一面に漂う拒絶。

誰一人声は掛けないくせに、ひそひそ、ぼそぼそと小声で話す村人たちに、だがしかし怒りっぽいはずのジークは一切反応しない。
・・・彼自身もぶつぶつと呟いていたからだ。

「醜い、あんな男がこれを持っていたなどと・・・力があるなら何故・・・なまじ魔物より質が悪い・・・!ふざけるな・・・期待はずれ、いや、期待するのもおかしな話だ。それにしても・・・」

無論、彼が口にするのはヴァンたちのことだが、彼らの間に何があったのか分からない、ましてや低く唸るような声で小さく延々と垂れ流される呟きを拾えない村人たちは、怒りの形相で前を真っ直ぐ見ながらひたすら口を動かすその様子に更に怯えて彼から離れていった。

そんな中、ジークに近づく恐れ知らずな者もいたが。

「出たな!破壊魔!器物損壊犯!」「弁償しろッス!」

昔を思い出しながら聖剣を握りしめていたところ。追憶にたそがれるジークに真正面から叫ぶ二人―自分の店を破壊された双子の店主、ジェメリとジェミオスが額に青筋を浮かべて立ちはばかる。

店は壊れたものの、休むわけにはいかぬと翌日の食材を買い出しに行っていたようだ。麻袋を両手いっぱい、背中には大きく口が開き食材を詰め込みに詰め込まれた鞄を背負いながら自身を指差す双子。

ジークは彼らの手に持たれた麻袋の縫い目がミチミチと音を立てている様子を見ながら顔を顰める。

「何だ貴様らは。誰だ。」

「しんじらんねぇ!」「忘れてるぜコイツ!」

声を揃えて批難する双子を無視して通り過ぎるジークは、ややあってから彼らが酒場にいたことを思い出す。ヴァンに注視していたせいで完全に忘れていた。卑怯者どもか。そう言葉にせず不機嫌に拍車をかけるその背中を、双子の会話が止める。

「二人とも退治しなかったんだな。」
「お人よしッスから仕方ないんじゃね。つかアイツ、ヴァンさんの剣持ってんだけど!」
「窃盗も追加だ!!!」

「お人よし?善人どころか屑だぞ。それにこれは元々あの男のものではない!」

喧しい、と怒りの篭った赤い視線。
顔だけ微かに振り返ったジークの目が、双子を貫いた。だが、睨まれた双子も負けず劣らずキッと目尻を上げてジークを見返す。

「テメェ何つった!」

激怒しているジェミオスは今にも殴りかかってきそうだ。普段は冷静なジェメリも静かに睨みつけている。

「知った口利くなよ、あの人たちがいなけりゃ今頃ここはアンタみたいなモンスターどもにやられてんだよ、くそったれ!」

「魔王の残党なんだろ?烙印をどうやって隠して、ヴァンさんたちに見逃してもらったのか知らないけどさ。さっさと消えろよ。」

ジークの長い耳がピクリと動く。魔王の残党。烙印。

「おい。」

ぞっとするような空気があたりに立ち込める。
ゆっくりと振り向いた男の眼光に、双子の喉が引き攣る。元々地雷原の多すぎる彼の、その中でも特に大きい地雷を思いっきり踏み抜く単語の羅列。勇者と同じぐらい憎い男の手下と言われて黙っていられる性格はしていない。

双子は空気が変わったのを感じて身構える中、ただの不機嫌な雰囲気を殺気一色に染めてゆっくりと体ごと振り返らせたジークが、聖剣を握る手に力を込めて、唸る。

「オレとて理由も無く殺すつもりはないが、わざわざその理由を作らせるな。」

それから今度こそ誰一人として声を上げられなくなった村を背に、ジークは去っていったのだった。

「あの男も奴も、必ずオレがこの手で殺す!」

もう二度と抜かれることのなくなった聖剣の刀身に彫られた名。
呪いのように体に刻まれた不名誉な烙印。怒りに燃えるジークはすっかり日の暮れた大地を歩く。
アルケ村はもう地平線の彼方だ。ジークは未だに苛立っていたが、勇者を追い求めて3年目にやっと見つけた手がかり―聖剣を手に入れたことを思えば、多少は気を落ち着かせることが出来た。
あとは勇者と魔王を探すのみだ。

砂利が混じった乾燥地帯を歩いていた頃、ふとジークは気配を感じて周囲を見回す。

「!・・・何故こんなところに」

少しばかり離れた場所に見つけたモンスター。目を丸くしたジークは、闇に紛れて通り過ぎていった姿を静かに眺めた。

二本足で歩くモンスターは中型で人型タイプのものだ。大きさはおよそ2m~2.5m、筋骨隆々としたその姿はオーガやトロールに似ている。
武器もなく、だが目的を持ったかのようにゾロゾロと歩いていくその姿に違和感を感じたジークは、大剣に手を伸ばしながらも注意深く観察する。知性のかけらもなさそうだが・・・そこまで考えて目に付いたものに、嫌悪感を露わに唸る。
モンスターの額には青白く光る刻印があった。己の身に宿されたものと同じだ。
ジークはひっそりと過ぎ去っていくその姿を振り返り、過去を振り返る。見知った姿ではないが・・・復活の狼煙でもあげるのか。新しく加わった魔王の配下たちの行き先を、じっと見つめる。

「やはり、無関係ではないようだな。」

そして月は沈んでいった。
モンスターが闊歩する闇夜は消え、アルド大陸を暖かな日の光が照らしていく。朝霧も晴れたころ、すっかり夜が明けた村では人々が活動し始めていた。

その中にはもちろん、ヴァンとヴィルヴァーレの姿もある。開放的すぎるほど開放的になったアレグリアの入り口を背に朝食を食べるヴァンと、金槌片手に張り切っているヴィルヴァーレは双子と一緒に朝を過ごしていた。

「修理費が必要なんじゃないのか。」

「いいんですってば。半壊しないだけマシでしたし、アンデルスさんも柵だけなら有難いってウチの壊れ具合みて笑ってましたよ。」

ありったけのジャムが乗ったパンケーキを切り分けるその後ろで、ところどころ鈍い音を立てながら修理という名の新たな破壊を行うヴィルヴァーレ。その横で釘を口に加えて黙々と修理するジェミオス。その表情は沈痛だ。

「あっはっは!すまん壊した!どうもこういう力加減が苦手でな、だが諦めずに努力しようと思うぞ!」

「ヴィルさんもそろそろ休んで食べてください。いや本当に、遠慮とかじゃなくて、ウチ的にもそうしてくれた方がありがたいって言いますか。」

努力とかもうどうでもいいんで、と続けられた言葉に金槌が釘を通り越しその先の木材まで打ち抜く音がやむ。ヴァンと違いヴィルヴァーレからは朝食代を貰う事が決定した瞬間だった。

食事を取りながら昨日のことを話す四人。ジークの話になると途端に不機嫌にはなったが、その表情もすぐに変わる。

「魔王の復活ゥ?勘違いじゃないんッスか?ありえないッス。」

「そんなに頻繁に魔王復活されても困りますしね。中には喜ぶ人もいるでしょうが・・・。ウチらは嫌ですね、もう二度とあの時代には戻りたくないです。」

そうして視線を外す双子を、ヴァンとヴィルヴァーレは見つめるしかなかった。
食事を終え、今度はヴァンが修理をすることを約束して酒場を出る。急ぎになりそうな依頼書を適当に持ってきて村を歩く二人の背中に、沢山の声がかかった。

「よー!またうちの畑手伝ってくれよぉ。」「昨日は災難でしたね。」「これもっていきな!」「こないだ直してくれた扉よぉ・・・」

「たった1年でずいぶん変わったなァ、ここも。」

真っ直ぐ帰ればたった数分しかない家路の間を、井戸端会議、世間話よろしく会話に巻き込まれ自ら混じりに行き十数分。ヴァンはヴィルヴァーレの視線をおって歩いた道を振り返る。

来た当初とは随分の変わりようだった。昔と違って廃墟のような家は一軒も無い。つい先日破壊されかけた家とたった今追撃を食らった酒場はあるが、それ以外は人が普通に暮らし、笑顔に溢れた牧歌的な村だった。

「ヴィルさーん忘れ物ッスよ!」

村人が行きかう道を走ってかけてくるジェミオスもまた、一年前からすると随分と変わったものの一人だった。

「人間も変わった。たった一年の間に、別人みたいだ。」

「人が変わるには十分な月日さ、一年っていうのは。お前だって変わったじゃないか。」

「自分では判断がつかない。」

元気にかけてくるその手に持たれた金槌。
自宅から持ってきたことを忘れて置き去りにしてしまった、特注の金槌はジェミオスの手には大きかったようだ。両手で運んでくる姿に、ヴィルヴァーレは笑って謝る。

「料理人の手が痛むと村中から怒られてしまうな。重かったろう!すまん!」

「軽いもんッスよ!それより次はホンットーにヴァンさんで頼みますッスよ!ヴィルさんこれ持ってこなくていいッスからね!」

会話の中には必ず笑顔がある、そんな平和な光景。
混乱した世の中でも確かに幸せに生きる者たちがいた。

その平和を切り裂く、金切り声。

「キャアアアー!!」

けたたましい、喉の奥底から搾り出された悲鳴が響く。ヴァンが瞬きをして、次に目を開いたときには、景色は一変していた。
空気が破裂したような爆発音と悲鳴。悲鳴。悲鳴。悲鳴。破壊音。笑顔をそのままに固まるジェミオスと、咄嗟に身構えたヴィルヴァーレの剣呑な視線の方向から上がる炎と煙。

建物も平和も人も何もかもが崩れ落ちる音。人の悲鳴。モンスターの咆哮がそれら全てを飲み込んで、かき消していった。

 

***

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