悪ノ化身 9

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「ジェメリ!!」

逃げ惑う村人がその肩にぶつかったとき、我に返ったジェミオスが我を忘れて店へと戻っていく。瞬間、動き出す景色にヴァンは瞬き一つ。

「ヴァン、走るぞ!!」

人の流れに逆らって必死に走るその背を追う形で駆け出す。
町の景色は一変していた。一年前とも今までとも違う光景。人々が泣き叫び、先頭を行くジェメリが向かった燃え盛る炎の先―アレグリアを皮切りに、いたるところから煙とモンスターの咆哮があがる。

すれ違う住民は皆一方向から逃げてきたようだ。ぶつかりながらも被害がなさそうな場所を指差して避難を促すヴィルヴァーレは、大方壊されたであろう村の防壁に検討をつけてそこへ向かう。

スンと鼻を鳴らして「こっちだ!」と先導する声に習って、ヴァンも足を進めた。時折、負傷者をその黒い目いっぱいに映しながら。見知った顔が次々と血相を変えて泣き、喚き、二人に助けを求めながら、避難する。阿鼻叫喚。表すならその一言以外にない。

立ち込める血の臭いが鼻をつく。土気色の表情で走って逃げていた人々がすでにまばらになったあたりには、おおよそ息をしている人間はいなかった。
ヴィルヴァーレの顔が悲痛に歪む。すでに事切れているか、放っておけばいずれ弱って事切れるか―破壊された防壁の一角からワラワラと溢れ出るモンスターの腹に収まるしかない、瀕死の状態の人々しかいない。

「くそッ!なんて嫌な光景だ!!」

人にぶつかる心配も無くなったところでヴァンとヴィルヴァーレは走ることを止めずにそれぞれ武器を抜いた。そしてそのまま、視界に映ったモンスターを片っ端から叩き潰し、切り裂き、蹴り飛ばし、その口に咥えられた見たことがある体を奪い返す。
砕けた歯の隙間から見える小さな手のひらに、ヴィルヴァーレが吼えた。

ヴァンはその苦悶の表情と、少し前まで話していた者たちが死に絶え、ただ食料となる様子を見つめて、走る。
肉食獣のような鋭い牙と爪を持ったモンスターたちはすべからく額に不気味な輝きを放つ紋章を持っていた。四方八方から襲ってくるその魔王の従僕たる刻印に剣をつきたる。右、左、左、正面、後ろ、上。
飛び上がって勢いよく大群の中に着地し、姿勢を低くしたヴァンの剣が血を払いながら一度鞘に収められ、唸った。

チン、と警戒に鞘と柄を打ち鳴らした次の瞬間には、一気に細切れになったモンスターとすでに再び鞘に戻った剣。
全身にかかる血しぶきを拭い、その場からまた走り同じく血に塗れたヴィルヴァーレと合流すれば、すでに辺り一帯は血の海と化していた。

「状況が把握できない。今まで俺たちが殺したやつらの家族ってわけでもないよな。・・・まさか世界中がこんな状況だったりするのか。」

「・・・。」

ヴィルヴァーレは冗談一つ返さない。歯を食いしばって地獄のような光景を見るその横顔からヴァンは視線をそらした。

「そんなことよりも、先に避難させるべきだったな。」

「いや、一緒だ。皆の避難と同時進行で倒そう。これ以上被害が出ないように、私とお前ならできるさ。」

「ああ、そうだな。お前は救うことに集中しろ、俺は俺の得意分野をこなす。」

会話をしながらも足は止めず、手も止めず。
外から来るモンスターがもういないことを確認したあとの二人は速かった。

息のあるものを次々とその豪腕に乗せるヴィルヴァーレ。それを補助する形で、ヴァンが四方八方から襲うモンスターを一太刀で薙ぎ払う。途中、自力で移動できる者たちを見つけては肩に乗った息の弱い負傷者を託すが、一向に減らない肩の重みにヴィルヴァーレの焦燥感は募る。

中に散らばったモンスターはあと何匹だ?息のあるものは?他の防壁はどうなっている?―他の方向からも来ているのでは、ないだろうか。

隣で苦痛に顔をゆがめた彼の額に伝う汗。
目を細めたヴァンは、その足で民家の壁を蹴って屋根まで一気に駆け上がった。辺りを見渡して途中途中で会う逃げ遅れた村人たちに声を張り上げる。モンスターのいない逃げ道を指し示しては、次に向かう場所を決めていった。

「ジェメリ!ジェメリ!」

そうして残りのモンスターたちを着実に倒している中聞こえた声。先ほど群集に消えたジェミオスの叫びに、ヴァンは反射的にその方向へ目を向けた。

「!!」

叫ぶジェミオスの膝元に転がる、頭―血だまりに顔をうずめたまま動かないジェメリ。その青白い顔色に、一瞬ヴァンの思考が止まる。
―朝よりも激しく崩壊し、柱や木材がめちゃくちゃに散乱した店の下に首から下を全て隠したジェメリは、目を閉じたままだ。

「息がある!!ジェメリ、少し待っててくれ!」

周辺で木材を退かそうと必死になっていた村人たちに声をかけ、ヴィルヴァーレが負傷者を任せて思い切り柱をどかすその様子に、ヴァンは一瞬手伝いに向かうべきかと考えた。だが、何はともあれ殺すことが自身の仕事だと、そこからすぐに目を離し、血の臭いと絶望をかぎつけてきたモンスターに剣を振るう。

「ヴァンさん、助けて、助けて、たすけ・・・」

そんな彼の耳に届いた小さな声。
振り向いたヴァンは一瞬、目の前の生き物に反応することができなかった。モンスターの口から生えた幼女の上半身。潰された片目。伸ばされた腕からぴゅっぴゅと断続的に出る血。歯が食い込んだ腰から先は口内に隠れて見えない。そこで漸く、彼女がモンスターに食われかけたまま口からはいずり出ようとしていることに気づいた。
唾液と血で塗れたその唇が自分の名前を呼ぶ姿に、すかさずその体を咥えた顎の腱を切り落とす。だらり、顎が落ちて少女の腰から牙が抜ける。心臓を串刺しにすると同時にその腕を取って、引き抜いた。

「・・・。」

「うッ、ゴポッ、ゲポッ、ゴホ」

ずるりと出てきた少女は、その年齢にしては軽すぎた。隠れていた半身は、最早隠れていたわけではない。すでになかったのだ。えぐれ、食いちぎられていた先から溢れる鮮血が、抱えたヴァンの手を濡らしていく。

「・・・・・・・・・・・・・。」

「ひどい、これは・・・。」

ジェメリを救い出したのか、アレグリアから離れたヴィルヴァーレが絶句する。ヴァンが抱きかかえたほほ上半身だけの少女はヒューヒューと喉を鳴らして苦しそうに喘いでいた。喉が引き攣って痙攣する身体。ヴィルヴァーレはあまりにもむごいと目を伏せ、ヴァンは徐々に呼吸が弱くなる少女の瞳をじっと見つめた。

「・・・モンスターはもうあと少ししかいないはずだ。」

「ああ・・・。ならここからは別行動がいいかもしれないな。」

抑揚の無い声と、苦しみを押し込めた重い声。対称的な二人の視線が交わる。

「私は怪我をした者たちを運ぶのと、避難場所の安全を確認しよう。勿論、モンスターも倒す。ヴァンは・・・そうだな、そのまま残りを頼む。」

「わかった、すぐ終わらせる。ヴィルもそうした方が負傷者を探すのに集中できるだろ。防壁も総出で直さないと、夜に間に合わない。」

少女を抱きかかえたまま立ち上がったヴァンの腕から血がこぼれる。色を失った少女の腕が垂れた様子を見て、ヴィルヴァーレは声を絞り出した。

「ヴァン・・・残念だがその子は、もう・・・。」

「・・・あとで墓も作らないとな。」

光の無い瞳に呟く。指先で額に張り付いた髪をそっとわけたあと、開いたままの瞼を撫でて優しく降ろした。

あっけなく死んでいく者たちの死は、本当にあっけないにもほどがあった。あっという間、ともいう。冷たくなった体をそのまま横たえ、すぐにその場から消えたヴァンに、ヴィルヴァーレも走り出す。ヴァンは屋根の上に上って、腹の底から声を出した。

「ヴィル!ガーデンの家の方と、農具屋、あとそこから先に何人か集まってる!」

返ってきた了承の声を聞き届け、跳躍する。目指すは巨体のモンスターたち。
村の防壁を壊したほどのその強靭な身体は遠目でもよく目立つ。人を食らい破壊しつくすその力には辟易するが、中型であることが幸いして掃除は捗った。

時折、生存者も探しながら。
モンスターを切り続け、そろそろ血糊で剣の切れ味も落ちてきた頃のことだった。

「あ、ああ、ああああああ!!!」

飛び散る血。鼓膜を揺らす枯れた絶叫。
狂ったようにモンスターの死骸をそこらじゅうに転がった木片で殴り、何度も刺すジェミオスを見つけたヴァンは立ち止まる。明らかに自分が倒したものではないその死骸。そして肩を爪で抉られ全身血だらけになりながらも、ひたすらぐちゃぐちゃになった身に濡れそぼった切っ先を向けるその背中に、声をかけようとした。

「やめろ」

しかし、それを横から阻むものが一人。
伸ばした腕が、見覚えの無い手に掴まれる。見覚えはないが、見知らぬわけではない手だ。つい昨日、己の首を絞め、殴ったその手を辿り、持ち主の顔を凝視したヴァンは、首を傾げる。

「なんだ、忘れ物でもあったのか。」

場に似合わない淡々とした声が、ジェミオスの絶叫を背後に流れる。日常会話のようなその問いかけに、声をかけられた男―ジークは眉間に皺を寄せた。

「他人事だろう。このオレの前で偽善は辞めろ。」

「何の話だ。・・・いや、」

そういえば、と殴られた頬が主張してくる。訝しげなジークに一拍置いて、ヴァンは肩をすくめた。

「そうだな。その通りだ。だがそれよりも、離せ。モンスターがまだ残っているはずだ。」

「全て倒した。」

耳を疑ったヴァンが、聞きなおすようにジークを見つめる。
別に何を感じるわけでもないが、男の今までの様子から判断して、その行動は異常なことのように思えたのだ。だがじっとその赤い目を見つめたヴァンは嘘ではないことに気づくと掴まれた手を払い、剣を収めた。

そしてこれからのことを考える。
ヴィルヴァーレと合流するか、ジェミオスを落ち着かせるか。両方するか。それとも―この男が戻ってきた真意を聞くべきか。
頭の中で優先順位を組み立てること10秒、ヴァンが順位を決定する前に、選択肢は消える。

「貴様にこの光景を嘆く資格などあるものか。これは貴様が導いた結果だ。」

優先順位①(マルイチ)ジークの話を聞く。

「魔王が復活すればすぐに各国が侵略される。この村がかつて消えた数多の町や国と同じ運命を辿ることは当然のことだ。あの男に声をかけてどうなる?どんな言葉を口にする?何を言っても偽りでしかないのならば、無意味でしかないだろう―」

優先順位②(マルニ)

「お前のせいだ!!ッお前がやったんだろ!!!」

ジェミオスを落ち着かせる。

木片が宙を舞う。
大剣の柄で腕を打たれたジェミオスの肩を引く。次の瞬間には首があった場所を掴もうとした手が空を掴んでいて、ヴァンはジークの握力を思い出しながらそのままジェミオスを地面に押さえ込んだ。

それでも叫び続けるジェミオスの、見たことがない表情。
錯乱しているようだ。対処法はどうだったか。ヴァンの脳がすぐさま記憶の中の本をめくり始める。

「オレは何もしていないどころか、寧ろ不本意ながら貴様等を助けたことになるが、」

「あいつらと同じだろ!モンスターのくせに!よくもッよくも!」

「オレが・・・同等だと?奴らと・・・?」

だが、錯乱状態の人間を落ち着かせる方法よりもまず、目の前で怒りに顔をゆがめた男を抑える方法が必要だった。それはヴァンの頭の中にはない知識で、ヴァンは優先順位がどんどん変わっていく状況に手間取った。

「すでに忠告はしてあった。オレに理由をつくらせるな、と。」

「ジーク、待て。ジェミオスも落ち着け。」

ジェミオスを落ち着かせなければならないが、大剣を抜いたジークもどうにかしなければならない。
言葉にならない文字を叫び、地面に肌が擦れるのも気にせず、抑えつけられた肩から血が噴出すのも気にせず、ただジークしか見えていないジェミオスはヴァンの声など聞こえていないようだ。

生暖かい血が手にかかる様子に、溜息一つ。どうしようもない状況に対して、ヴァンの行動は素早かった。ジェミオスの首に容赦なく手刀を打ち込み、顔面が地面に突っ伏すのも気にせず放置し、腰の剣を抜く。上段に剣を構えたその瞬間、ギィン!と火花が散った。両手にかかる重みに眉をひそめながらも、ジークの大剣を受け止めたヴァンは淡々と問いかける。

「殺すな。落ち着け。・・・それともお前も眠るか?」

地面に膝をついたまま、足元に気絶したジェミオスを転がして上段に構えた剣と腕の隙間から見上げてくる黒い目。何の感情も無い落ち着いた瞳に、ジークははっとした。
冷静さを取り戻したのだろう、怒りを抑えようと息を吸い込んだジークを見たヴァンは、もう大丈夫だと判断して剣先を払いのけると立ち上がった。

「・・・貴様もオレがやったと思うか。」

すると、苦々しげな声でジークが唸ってくる。突拍子も無い問いに少しの間、何のことだと首を傾げたヴァン。ややあってから、ヴァンは肩をすくめて答える。

「どうしてだ。してないと言っていたのは嘘か。いや、今はそんなことを聞いている場合じゃない・・・俺はやることがあるから、もう行くが。」

そうして俯き気味に出された問いをあっさり否定すると、ジェミオスを担いだ。
人の気持ちなど微塵もわからない彼には、ジークがどういう意味で聞いたとか考えることはできないのだ。ヴァンは立ち去ろうとして足を止める。そういえばもう一つ聞かれたことがある。
今までジークにかけられた言葉を思い出したヴァンは、目を丸くするジークに向き合う。ジェミオスが飛び掛る、その前の問い。

「ジェミオスに声をかけてもどうにもならないし、お前の言うとおり、この口からでる言葉は全て嘘だ。他人事なのも本当だ。」

「他意がありそうな言葉だな。どういう意味だ。」

「他意も無ければ意味もない。最初から言ってるが・・・俺は全く記憶がない。記憶がないということは、つまり全てを忘れているということだ。」

「すべて?」

「ああ。ジークは子どもが他人に共感できるようになるのは何歳までか知ってるか。」

「知らん。オレがこの話を聞く意味はあるのか。」

唐突に何を言っているんだ、という風な顔をしていたジークだったが、ヴァンが「4,5歳らしいぞ。」と口にしたところでハッとする。

つまり、それは。喉元まででかかった言葉はあまりにも馬鹿らしいものに思えた。ジークの眉間に皺が寄る。頭が痛いという風に眉間を押さえたジークは、ひっかかったままの言葉をなんとか搾り出す。

「自分が3歳児だとでも言いたいのか貴様は・・・?」

こくりと頷く黒髪に、本当に頭が痛くなった。
ヴァンの記憶喪失というものは思っていたより深刻だったようだ。

「肉体も脳も全て出来上がってはいる。だが器だけが完成しているだけで、中身は全てなくなった。今この器の中にあるのはたった3年分の知識と経験だ。3歳児レベルだ。」

3歳児、と自分を形容したヴァンのその表情は無だ。担いだジェミオスの肩を止血しながら、何を考えているのかわからない目でジークを見る目も無だ。

「記憶どころか感情まで無いんだ。感情が無いってことは、お前が言うとおり全ては他人事で、この光景に嘆く資格以前の問題として、嘆くという感情すらも無い。ただ、全く無感情というわけでもないが、・・・大差ない。」

黙って聞いていたジークは、そこで初めて、最初にヴァンに感じた違和感の理由を理解し、目の前で話し終えたその顔が今の今まで殆ど無表情だったことに納得した。そんな馬鹿な話を信じたくはないが、信じるほかない。

なにより。

「貴様の話はわかった。その上でもう一度聞こう。貴様は―」

「悪いが、もう行かなきゃならないんだ。後でな。」

「!!」

極端に空気が読めず、行動の読めないその姿が。彼の話に信憑性を持たせる。
ものの道理がわからないのは頭が悪いわけではない。知識があっても経験がなければ理解しにくい。空気が読めないのは、空気を読もうとする気が無いからで、更には空気を読む方法を知らないからで、行動が読めないのは、感情を伴って行動するということがないから。

「・・・まだ3歳児のほうがマシだ。」

話の腰を折られたジークは呆然とするしかなかった。こんな話があるのだろうか。記憶を取り戻すといった昨日の自分が、どれだけの苦労を背負い込もうとしていたのか考えて、そして再び痛む頭を抱えた。

 

***

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