悪ノ化身 第一章 01

投稿日:

「貴様は頭がおかしい!」

「頭は記憶喪失ということ以外、正常だが、どうしてそんなことを言うんだ。」

「頭がおかしいからだ!」

ジークは近場にあった木の幹を殴りつけた。一方のヴァンはあくびを一つ。身体に巻きつけていたマントを脱ぐと、くすぶっている焚き火に新たに小枝を追加して燃やす。鞄から干された魚を取り出してあぶり出した所で、ジークはもう一度木の幹を殴りつけた。

「クソ!これならまだあの男の方がマシだ!!」

ジークとヴァンがアルケ村を出てから三日。その間、ジークは自分が何度激情に身を任せてヴァンを殺してしまいそうになったか。50回目を過ぎたところで数えるのをやめた。
ヴァンが戦闘面で足を引っ張るような脆弱な人間でないことがせめてもの救いだった。会話も行動もずれているのに、ここにお守りまで加わったらジークは己の手で自身の悲願を二度と達成させられないかもしれない行動をしてしまうだろうという自覚はあった。つまりヴァンをついうっかりどうにかしてしまいそうだった。

戦闘面ではお互いの腕っ節を遺憾なく発揮させられるのに、そのほかの目の当てられないさまといったら。
ジークの腸はこの三日間を思い返して煮えくり返りきっている。ジリジリ痛む胃を抑えながら呻くジークに、一方の元凶たるヴァンは何も感じていないのだから尚更腹が立つ。

「それにしても、見張りをしてくれたんだな。ありがとう。俺は適度な睡眠・適度な食事をしないと急に倒れるんだ。」

特にこういうところが駄目だった。

「疲れたなら早く言わんかァ!!」

「最初の頃はよくヴィルを驚かせたものだ。」

わが道を往く。恐ろしいほどにマイペース。
焼けた魚の干物を差し出してくるヴァンは完全に他人事だ。感情がないから当然なのだが、わかっていても癪に触る。ジークはその手を叩き落すと、さっさと食えと吐き捨てて座った。

昨日の夕方のことだ。一先ず大きな街を目指そうと、沢山の街が集まっている東に向かうことを決めて村を出てから、二日目の夕方とも言う。

ヴァンが倒れた。
元々会話の少なかった二人である。ジークはすでに数えたくなくなるほどヴァンに苛々としていたので、物言わぬの背後に不振がることもなく先を進んでしまっていた。物言わぬどころか足音さえも聞こえなくなったことに気づいてから、元来た道を戻りどれぐらい経った頃だろうか。オレは一体何をしているのだろうかと額の汗を拭い始め、太陽が沈みかけていたその時にやっとのことで見つけた目的の人物にジークは口元をひくつかせた。
ヴァンは獣道の中、うつ伏せで綺麗に突っ伏して寝息を立てていたのだ。背中にゴブリンを乗せて。醜く節ばった手に髪を引っつかまれてもなお、涎をたらしながらぴくりともせずぐうぐうと。

「貴様が気持ちよく惰眠を貪っている間に屠ったモンスターどもの数を教えてやろうか?」

「そうか、世話をかけたな。ありがとう。」

いけしゃあしゃあと言ったヴァンの後頭部を拳骨が襲う。ヴィルヴァーレのデコピンといい勝負の痛みだった。目の前で星を散らしたヴァンをひたすら睨むジークは舌打ちをする。

ちなみに先ほどまで魚を焼いていた焚き火は、叩いても何をしても無反応だったヴァンに見かねたジークが仕方なく、本当に仕方なく準備したものだ。通りかかるモンスターを倒し、熟睡したヴァンが襲われないか見張りながら近くでいそいそと小枝を集め野営の準備を遂行した彼の献身は涙ぐましいものだった。

どうやらジークは、素直に礼を言われてもどういたしましてと言えるほどの広い心はなかったが、自分で連れて行くと決めた人間を見殺しにするほど狭い心の持ち主でもないようだった。

それに一応は自分にも原因があるとは思っているようだ。木に八つ当たりして落ち着いたあとは、多少バツの悪そうな顔をしてヴァンを見ていた。

ジークは人間ではない。そのため、休息も食事もほぼとらずにひたすら歩き続けていたが、一方のヴァンもモンスターではないのだ。普通、ほぼ不眠不休、食事も殆ど取らずに生きていけるわけがない。霞を食う聖人でも、悪意を食うモンスターでもないのだ。

よくも文句を言わずついてこれたものだと感心したジークは、そこまで考えて、もう一度舌打ちをする。

「・・・おい!」

「なんだ。」

「次から倒れる前に食事と睡眠を取れ。オレに断りを入れろ。・・・いいな!拒否は許さん!」

無表情で顔を上げるヴァン。
彼の相棒が今の言葉を聞いていたのならば、さぞかし驚いたことだろう。
だがヴァンはその言葉に驚いたり感動したりする心は持ち合わせていない。

「わかった。寝たり無いから寝ていいか。」

「しばくぞ!!!」

ゴツン!と再び炸裂した拳骨に、彼らの頭上で羽を休めていた鳥たちが飛び立つ。結局、その場を発ったのは昼過ぎになってからだった。

「予定では今頃プルミエにつくはずだったのに、おかしいな。道を間違えたか。」

「貴様が暢気に寝ていたからだろうが。」

寝癖をつけたままついてくるヴァンに、目頭を押さえるジーク。
二人は未だ森の中を移動していた。太陽はすでに傾き、木々の隙間から伸びる赤らんだ光が頬を照らす。
ヴァンはときおりヴィルヴァーレとの旅を思い出しながら、先頭を歩くジークの背を見つめていた。3年間常に隣にいた存在がいない。前にいるのは巨体ではなく細身で多少背が高い剣士。
オークやオーガなどと間違えられそうな背丈でもなければ、背に負っているのはメイスやモーニングスターでもない。

「これが懐古か。一つ一つの光景にヴィルとの旅を思い出す。」

「・・・その追憶に情緒を感じることができるのならばな。感想はどうだ?」

「特に何も。」

ヴァンが肩をすくめたのを最後に会話が途切れる。
顔を上げたヴァンは、口をつぐんだジークが背の大剣に手を伸ばすのを見て口を噤んだ。
今の会話でまた怒ったのだろうか、と考えるヴァンは一日目のことを思い出す。その大きな刃でばっさりといってしまいたい、という凶悪な表情を四六時中浮かべていたジーク。ジークの低い沸点を沸かすのが50回を過ぎる頃には、怒るだけ無駄だと大剣を手にすることはなかったが。

だが、周囲を警戒するように視線を走らせたジークに気づいて足を止めた。
ジークの長耳でなくともよく聞こえる、ガサガサという音。二人の動きが止まってもなおその音は絶えない。風の音ではないことに気づいたヴァンは、ジークにならって剣の柄に手をかけた。

「複数聞こえるな。ゴブリン・・・いや、それにしては足音が変だな。」

周りはあまり見通しのよくない森林帯だ。陰樹を中心として光はあまり届かず、足元も蔦や草木でおぼつかない。二人は自身の膝までしかない草が揺れている様子に背の高いモンスターの可能性を排除して目を細める。
ヴァンが足元を注視する中、ジークは上空にも気を配って大剣を抜く。

「害がないものかもしれないな。襲ってくる様子がない。」

いつまでもガサガサと草が揺れるだけの様子を見てヴァンが呟く。その暢気な考え方にジークは鼻を鳴らした。

「こんな湿気の多く陰気臭い森に人畜無害なタイプが住み着くものか。貴様、かつての旅で何を学んだというのだ?」

「食べられる野草や茸の見分け方とか、小麦粉の万能性を活用した料理方法とか、狩りの仕方や野生動物のさばき方とか処理の仕方とか・・・」

「それしか思い浮かばんのか馬鹿者が!」

食料に困らない旅をしそうだな・・・という顔で溜息をつくジーク。人間にとっては意外と馬鹿に出来ない重要な知識だ。皮肉も通じず真面目に答えるその姿に、食糧問題は自力で何とかしそうな強かさを感じずにはいられなかった。

ガサガサガサ!!そうしているうちにいつの間にか草を揺らす音が、二人の目前まで迫ってきていた。すぐに会話をやめた二人に呼応するように音もピタリと止まる。先ほどまで騒がしかったのにも関わらず、あたりはしんと静まり空気が張り詰めた。高まる警戒が肌を刺す頃、先制攻撃をしようかとジークが苛立ち始めたその瞬間。

「はわああああ!!!」

目前の草・・・ではなく上空から聞こえた、バキッ!という音と絶叫に吊られて二人の視線が上に向いた。すかさず大剣を振りかざそうとしたジークの目に映る、赤。そしてヴァンのぽかんとした顔。

「うっぐ!!!」

鈍い音が聞こえて、剣を抜きかけていたヴァンの後頭部が地面にめり込んだ。顔面に叫ぶ女性を乗せて。

「キャーッ!いやああ!!あわああああ!!!」

「おいッ、!!」

碧眼にうねる金髪とフリルのついたスカート。頬から首までを真っ赤にして叫び続ける女性。打ち所が悪かったのか、女性の下半身が顔に乗せたままぴくりとも動かないヴァン。
痴女か!?その光景に呆然としたジークだったが、今度は草から飛び出してきた影が自身に襲い掛かってきたことによりうろたえている暇はなかった。すぐさま攻撃を防ぎ、相手を確認する前に条件反射で切り裂くジーク。しかし、横薙ぎに払い確かに捕らえたその影は、予想に反して一刀両断されることなく。べっとりと刀身にへばりつくと、蕩けた身体にちょこんとついた目をにやりと歪ませた。

「スライム・・・!しかも腐食タイプか!!」

ボタボタと地面にこぼれたそばから蒸気をあげながら腐っていく野草や変色する砂に眉を潜める。蒸気と共に漂ってきた酷い臭いに呻いたジークは、刀身に絡みついたゼリー状のモンスターを遠心力を使って振り払う。
そして未だ叫びっぱなしの女性の元、もとい下にいるヴァンの横腹を蹴った。「むぐっ!」と聞こえた呻きは無視し、女性の首筋に大剣の切っ先を向ける。

「その男から退け、女!」

鋭い眼光と低い声で脅せば、喉下に当てられた刃に気づいた女性が怯んで声を潜める。そしてヴァンからそろりと退く、と思いきや気丈にもジークを睨んだ。

「ぎゃああーッ!!不敬ものぉ!!そのようなもので余をどうするつもりじゃー!」

そして先ほどの二倍の声で絶叫。ジークの長耳が悲鳴を上げる。女性に乗っかられたヴァンもビクリと腕を跳ねさせた。

「こ、の、姦しい女がァ!喉笛を裂かれたいのか!というかいつまで寝ているのだ貴様、起きんか!!」

「うぐ!!」

「な、なんじゃと!?ヒェッ!こやつ蹴りおったな?!大丈夫かおぬ・・・」

そこまで言って下を見た女性が固まる。そして自身のスカートの下からのぞく、女性としては大変口にしづらい場所で圧迫され息が出来なくなったヴァンに漸く気づいたのか、はくはくと口を動かした。みるみるうちに全身真っ赤に染まっていくその様子に、ジークは嫌な予感がして耳を塞ぐ。

「ぎょえええええーッ!!!!!」

それでもなお襲ってきた耳鳴りに苦戦しながら、ジークは三日間で一番の苛立ちを感じた。

「っぷっはぁ!ゲホッ、なにが起きた・・・」

「イヤァーッ!この不埒者めぇ!!」

「ぶはっ!」

「!?!?」

バッシィン!
本日二度目の後頭部と地面の挨拶にヴァンはただただ呻き、女性は突き出した張り手そのままヴァンから距離を取り、ジークは混乱した。
不幸の連続としか言いようが無いヴァンは顔面を押さえながら何とか立ち上がろうとする。ふらふらだ。ジークはとりあえずその腕を掴み引っ張り上げると、女性と忘れ去られたスライムから距離を取る。
ぶっ倒れてゴブリンに殺されそうになっていたヴァンなのだ、女性や低級モンスターであるスライムに殺される可能性もあながち有り得なさそうで気が抜けない。

「じ、ジーク」

「勘違いするなよ!貴様が死ぬと困るからこうしているんだ、早々に剣を抜かんか!」

「いや腹が痛いんだが」

「起きん貴様が悪い!」

よろよろと体勢を整えたヴァンは、大地から二度も攻撃を食らった後頭部よりも女性の全体重と重力、そしてとどめに張り手によって赤くなった鼻よりも痛む横腹を押さえながら言う通りに剣を抜く。
普通の人間ならば理不尽の連続に怒りそうなものだがヴァンは従順に言うことを聞く。舌打ちをしながらその様子を見ていたジークは、スライムと女性を鋭く睨んだ。

「クソ、数が増えて面倒だ!あの女、コリガンやドリュアデスか?」

しかし従順なのはここまでだ。最初から人間である線を捨て女性もろとも大剣を向けたジークの腕を掴んだヴァンは、うぞうぞと蠢くスライムたちと女性から視線を外した。ジークの顔が歪む。真っ直ぐな黒い目にどういうつもりだと腕を払えば、相変わらず淡々とした口調でヴァンは返した。

「妖精なら無害だろ。それに人間かもしれない。剣は向けるな。」

「モンスターの可能性もあるだろう。というか敵に背を向けるな!」

背中ががら空きである。女性の方はなにやら震えながらヴァンを見ているが、スライムの群は完全に飛び掛ってくる体勢だ。あたり一面を腐らせながらジリジリ迫ってきている。

「敵意が無いなら殺す必要はない。スライムにも襲われたわけじゃ・・・いたッ!」

「貴様は自分が襲われんと敵意の有無がわからんのか!」

大剣から片手を離し、そのまま拳骨ひとつ。鈍い音とともに確かな感触がする。中身はしっかりと詰まっていそうなのに何故こうもスポンジで脳ができているような言動をするのかとジークは苛々した。頭頂部を押さえたヴァンに先ほど襲われたことを伝えれば、あっさりとそうかと頷いてスライムに向き直った姿に呆れる。

「だが女性は駄目だ。」

「フン、スライムを大勢つれてきた時点で敵だろうが。妖精だとしてもコリガンの本当の姿は毛むくじゃらの猿だぞ、見た目で惑わされるな。」

「いや、女性は大切に扱えとヴィルが・・・っグ!!」

二度目の拳骨は無言で行った。先ほどよりも強い衝撃に俯くヴァンを放置してスライムに突撃するジーク。腐食する体液に当たらないよう気をつけながら斬りつければ、堰を切ったように動き出したスライムが四方八方から飛びついてくる。

「聖水は持っているか?!」

囲まれないよう後ろに飛びのき、大剣を頭上でブウンと一回転させ振り払えば、数匹が地面に落ちて溶けていった。後ろに声をかけてもう一振り。続けて三匹まとめて切り裂けば、あっけらかんとした返事がくる。

「置いてきた。鞄小さいし液体は重い」

「呆れて物が言えん!」

襲い掛かってきたスライムを蹴り飛ばしたヴァンは、体液が触れた場所からブーツが腐食したことに気づき「厄介だな。」と感慨もなく呟く。しかし、その後は飛んできたスライム全てを細切れにして落とすと、ジークの隣に並んだ。

「倒せばいいだけだろ。聖水がないと勝てない腕じゃないだろ、お前。」

「フン・・・その通りだ。」

ヴァンの言葉は挑発にも聞こえるが、ジークは鼻を鳴らして笑った。感情がない分、嘘はつかない。純粋に評価されることは嫌いではない。ジークはこの三日間の苛立ちが少しだけ薄まって、眉間の皺を浅くさせた。

「ところで、大丈夫か。俺たちの後ろに隠れてろ。」

「あ、う、うむ」

駄目だ殺してしまいたい。ジークは痛む頭を抑えることも出来ずにスライムを斬る。浅くなりかけた眉間の皺が渓谷のように深くなった瞬間だった。
今の今まで静かだった女性に手を差し伸べるヴァン。跪いてそっと手を取られた女性は顔を真っ赤にしている。ジークはスライムが飛び掛ってきていなければすぐさまその後頭部を殴りに走っていたところだろう。しかし気を配ってはいるのだろうが隙だらけのように見えるその姿に、標的をヴァンに変えて跳ねていくスライムたちを倒すのに手一杯だ。

「俺はヴァン、あそこでスライムにたかられているのがジーク。」

「わかっているなら加勢せんか!」

「ゆっくりしている暇がないから少しの間大人しくしててくれ。」

立ち上がった女性を背に回し、ようやく戻ってきたヴァン。スライムはいつの間にか周囲を埋め尽くすほどの数にまで増えていた。漂う腐臭に女性は布で鼻を押さえ、ジークは手の甲で隠し、ヴァンは臭いと呟くだけで無表情だ。
三人が集まったことによってスライムたちも的を一つに絞り取り囲むように群をなす。一度に飛び掛られると防ぎきれない。

「どうしてこんなに集まってきてるんだ?」

「貴様が暢気にしていたからだろうが。手足がなくなるぐらいはどうでもいいが死なれては困る。貴様はとにかく気を抜くな!死ねば殺すぞ!」

矛盾した言葉に首を傾げながらも頷けば、満足したのかジークは前を向いた。女性を間に挟んで背中合わせにした二人。それからは無言だった。真面目に戦い始めたヴァンとそれに安心して目の前の敵に集中することができたジークは、あっという間にスライムの大群を切り崩す。暫くして出来た原型をとどめていない屍骸の山に、間に挟まれていた女性は驚く。

「あれほどの大群が・・・余でもてこずったのに、一瞬じゃと・・・?」

剣を収めたヴァンと、警戒したまま大剣片手に凄んでくるジークを呆然と見る。わなわなと震える細い身体は気の毒にも思えるが、女子どもにも容赦のないジークは一切臆することなく睨みを利かせて尋問しようとした。
しかし。

「うむ、すばらしい!お主ら、その功績を讃えて余の家来にしてやってもよいのじゃよ!!」

「は?」「・・・家来」

仁王立ちになり胸を張りながらそう叫んだ女性のキラキラと輝く瞳。ふんぞり返っているその姿に、ジークの顔が思い切り引き攣る。くるりとヴァンのほうを振り返ったジークは、面倒ごとを引き入れたヴァンをなかば八つ当たりに殴った。

 

 

***

もしよろしければ1ポチッとしていただけると励みになります。
にほんブログ村
創作Rankトキワ荘
Wandering Network

 

前話 次章→
目次に戻る
トップに戻る

スポンサードリンク

-作品一覧, 小説, 悪ノ化身
-,

広告

Copyright© one4m , 2018 All Rights Reserved Powered by AFFINGER4.